mitsuhiro yamagiwa

2022-08-26

概念的創造性?

テーマ:notebook

第一章 ポスト人文主義ーー自己を越える生

 フッサールの観点においては、ヨーロッパとは、批判的理性と自己反省性という、人文主義の規範に支えられている二つの性質が由来する場にほかならない。比肩するもののない普遍的意識としてのヨーロッパは、その特殊性を超越する。あるいはむしろヨーロッパは、超越の力を自らにきわだった特徴として、また人文主義的普遍主義を自らの固有性として措定するのである。

 このヨーロッパ中心主義というパラダイムは、自己と他者の弁証法を暗示している。つまり、普遍的な人文主義の原動力としての自己同一性とその文化的ロジックとしての他者性という二元的な論理を暗示しているのである。

 一方では大虐殺や犯罪と共謀し、他方では自由への測り知れない望みと憧れを支持しながらも、人文主義はどうにかして単線的な批判を打破している。この変幻自在な特質が、人文主義が延命している原因の一部である。

反ヒューマニズム

 冷戦のレトリックは、西側の民主主義、リベラルな個人主義、そして全員に保証しているとされる自由を強調するものであったが、それらの理論や認識論はそういった常套句に対しこの異議を唱えるものであった。

 反人文主義がアメリカの知的状況に根を下ろしているのは、ある程度ヴェトナム戦争に対して広がった反感のためであることは、頭においておくべきだろう。

 反ヒューマニズムは、人間という行為者をこの普遍主義的姿勢から引き離し、いわば、彼が実行に移している具体的な行動のかどで彼を咎めることに存する。このかつての支配的な主体が彼の誇大妄想から自由になり、歴史的進歩を担っているとされなくなると、それとは異なるより鋭敏な権力の諸関係が出現することになる。

人間の死、女性の脱構築

 人間なるものはひとつの規範的な約束事である。そのこと自体は悪いことではないが、ただそれが人間を高度に統御的なものにし、またそれゆえに排除や差別の実践に加担するものにしている。

 反ヒューマニズムはそうした矛盾に満ちた立場なので、矛盾を乗り越えようとすればするほど横滑りしてしまう。

ポスト世俗的転回

 進歩的な政治的信条として、人文主義は、連動する他の二つの考えと特権的な関係をもっている。その二つとは、平等の追求による人間の解放と、合理的な統治による世俗主義である。

 政治的行為性は、対抗的という否定的な意味で批判的である必要はなく、それゆえ、対抗的主体性の生産のみがもっぱら目指されているわけではないかもしれないということである。むしろ主体性とは、オートポイエーシスや自己様式化のプロセスであり、そのプロセスは支配的な規範や価値とたえず入り組んだ交渉をすることを含み、それゆえに、多種多様な説明責任のありかたもそこにかかわってくるのだ。

ポストヒューマンの課題

 ポストヒューマニズム的視座は、ヒューマニズムの歴史的な衰退という規定のうえに成り立っているが、さらに進んで、〈人間〉の危機というレトリックに拘泥することなく別の選択肢を探求しようとしている。それはむしろ、人間の主体を概念化するためのこれまでとは異なる方法を練り上げようとすることなのだ。

 ポストモダニティという大いなる解放の運動は、よみがえった「他者たち」に突き動かされ焚きつけられている。すなわち、女権運動、反人種差別と脱植民地化の運動、さらに反核と環境保護運動、これらは近代の構造的な〈他者たち〉の声なのだ。

 性別化・人種化・自然化された諸々の差異は、ヒューマニズムの主体というカテゴリーの境界を守る存在とは程遠く、人間主体についてのれっきとした代替的モデルへと進化した。

批判的ポストヒューマニズム

 わたしにとって批判的ポストヒューマニズムには、人間中心主義を乗り越えることと必然的なつながりがある。わたしはこの乗り越えを、非-人間的なものないしゾーエーに向けた〈生〉の観念の拡大と呼んでいる。ここからラディカルなポストヒューマニズムが帰結する。この立場によって、ハイブリッド性、ノマド主義、ディアスポラ、クレオール化といった諸々のプロセスは、人間的なものと非-人間的なもの双方を含む諸主体のうちで主体性・連結・共同体についての権利要求を根拠づけなおす手段へと転位されるのだ。

結論

 わたしたちには、「現在にふさわしい」主体性が必要なのである。

 ヨーロッパ精神の閉塞を象徴しているのは、移民、難民、亡命者がたどる運命であり、彼らは現代ヨーロッパの人種差別の矢面に立たされている。新たなアジェンダが設定されなくてはならない。

 過去のヒューマニズムが制度化してきた思考習慣の堆積物に寄りかかることなく、ポストヒューマン的窮状は、わたしたちがこの時代の複雑性や逆説のなかへと飛び込んでいく勇気を与えてくれる。この責務を果たすためには、新たな概念的創造性が必要なのである。

『ポストヒューマン―新しい文学に向けて』ロージ・ブライドッティ/著、門林岳史/監、大貫菜穂、篠木涼、唄邦弘、福田安佐子、増田展大、松谷容作/共訳より抜粋し流用。