mitsuhiro yamagiwa

2023-07-15

個人化とアノミー状態

テーマ:notebook

 したがって、自由放任主義の考え方が英語文化圏においていまなお支配的であるという事実こそが気候危機の中核なのだ。個人の利益を自由に追求することはつねに世のためになるという考えにたいして、地球温暖化が大きな挑戦をつきつけている。

 「気候変動の大きな物語が緑の安全保障の支持者たちによって吸収され、歪められ、ルート変更されてきただけでなく」ーサンジヤイ・チャトゥルヴェディとティモシー・ドイルはこう続けるーー「新しい社会運動や抵抗の形式こそが、昨今の知性学的局面に適応するように模倣され作り直されてきた。こうした多層的かつ多方向的な空間において、新自由主義経済と新たな安全保障政策は一体化している」。

 もはや、国家という身体が国境線に囲まれた地域に属する人口によってのみ成り立っているなどと考えることはできない時代になっている。その身体の筋肉は、国境線によって閉じ込めることのできない諸力と絡み合っていることが、いまやあきらかとなっているのだ。

 気候変動にたいするグローバルな怠惰は、けっして混乱や否定論ないし計画性の欠如から生じた結果ではない。反対に、現状維持こそが計画なのだ。気候変動はそれ自体、あらゆる種類の地理的軍事的空間にますます軍が介入するアリバイを提供することによって、この計画の実現を助長するものかもしれない。

 世界のほとんどの国において、工業化への衝動は植民地化の道すじの一部をなしており、これらの脱植民地化をめぐる闘争の歴史的な遺産は、気候変動交渉の文脈にも埋め込まれているのだ。

 

 パリ協定のテクストには、対照的なことに、わたしたちの支配的なバラダイムになんらかの非があったという認識はまったくみられない。

 ただ「気候変動が人類共通の関心事であること」を認めるのみである。

 人間の自由には制限がないという考えがわたしたちの時代の芸術の中心にあるかぎり、それは人新世がもっとも頑強に芸術に抵抗する場でもあるのだ。

 近代は、諸共同体の破壊をもたらし、ますます深刻化する個人化とアノミー状態を引き起こし、農業の工業化と分配システムの中央集権化をもたらした。同時にそれは、身心を分離する二元論を強化し、ついには電脳空間であまりに強力に拡散されているように、人間が「身体から切り離された」浮遊する人格となるほどまでに自己を物理的環境から解放したという幻想を生みだすに至っている。

『大いなる錯乱 気候変動と〈思考しえぬもの〉』アミタヴ・ゴーシュ/著、三原 芳秋・井沼 香保里/訳