mitsuhiro yamagiwa

2023-02-08

線というイメージ

テーマ:notebook

4 生起

 悪を把握すること以外に善の本質は存在せず、真正ではないものや本来的でないもの以外の内容をもたないことが明らかとなる場所でしか、倫理は始まらない。

 真理は虚偽のものを明るみに出すことによってしか自らを明るみに出すことができないのだが、しかしまた虚偽のものも真理から切断されてどこか別の場所に追いやられることはない。

 真理が明るみに出されるのは、非真理に場所をあたえることによってでしかない。すなわち、虚偽のものが生起すること、自分の内奥に潜んでいる非本来的なものを露呈させることによってでしかないのである。

 世界が存在するということ、何ものかが出現し顔をもつことができるということ、それぞれの事物の限定および限界として外在性と非潜在性が存在するということ。このことが善なのだ。こうしてほかでもない、善が取り戻しようもなく世界のうちに存在しているということこそが、あらゆる世界内的存在者を超越し外部に露呈させるところのものなのである。これにたいして、悪とはもろもろの事物の生起を他の事実と同様にひとつの事実に還元してしまうことであり、もろもろの事物の生起そのもののうちにもともと具わっている超越性を忘却してしまうことである。しかしながら、、これらの事物にたいして、善はどこか別の場所にいるわけではない。善とは、ただたんにそれらの事物が自らに本来的な生起をつかみ取り、自らに本来的な非超越的質料に触れるさいに拠りどころとなる地点にほかならないのである。

5 個体化の原理

 なんであれかまわないものであることは個物ないし単独の存在を知るための基本要素であって、これがなくては存在も個体化も考えることができない。

 すなわち、それはそれ自体としては個別的なものでも普遍的なものでもなく、一なるもので多なるものでもなくて、「どんな個々の単位とも定立されることを厭わない」ものであることが必要とされるのである。

 観念と共通の性質は個物の本質を構成するものではないということ、この意味では個物は絶対的に非本質的なものであるということ、それゆえ、個物が個物として差異化されるさいの基準は本質とか概念以上のところに求められなければならないということである。

 この点で、共通のものについてのスピノザの考え方ほど教えられるところの多いものはない。彼は述べている、すべての物体はそれらが延長という神の属性を表現している点において一致する、と『エチカ』。しかしまた共通なものはけしっして個物の本質を構成しない。ここで決定的なのは、非本質的な共通性という観念、なんら本質にかかわらない一致という観念である。もろもろの個物が延長という属性において生起し、これをつうじて交信しあうことは、それらを本質〔essenlia〕において結合すのではなくて、それらを現実在性〔existentia〕という形態において散種することとなるのである。

 もろもろの個物にたいする共通の性質の無関心ではなくて、共通のものと独自のもの、類と種、本質と偶有的なものの無差別が、なんであれかまわないものを構成する。なんであれかまわないものとは、すべての特性を具えながらも、そのうちのひとつとして差異を構成することのないもののことである。もろもろの特性にたいして無差別であることが、もろもろの個物を個物として識別させ散種させるのであり、それらを愛する価値のあるもの(quodlibetなもの)にするのである。

 人間の発する正しい言葉が共通のもの(ラング)を自分のものにすることでもなければ自分に固有のものを交信しあうことでもないのと同様、人間の顔は一般的なfacies〔顔〕なるものが個別化されたものでもない。それはなんであれかまわないものの顔なのであって、そこでは共通の性質に属するものも自分に固有のものもなんら関係がないのである。

 可能態から現実態への移行、共通の性質から個物への移行は一度なされたならそれで終わってしまう出来事ではなくて、たえず揺れ動く様相の限りない連続である、とらえる中世の哲学者たちの理論は、この意味において読まれるのでなければならない。ある個物の現実存在が識別されるということは点として表示される一回かぎりの事実ではなくて、成長と緩和、自分のものになることと自分のものでなくなることがたえず入れ替わっていくのに応じてあらゆる方向に変化していく、実体の発生が描き出す線〔linea generationnis substantiae〕である。線というイメージはたまたま選んだものではない。

 共通のものと独自なもの、類と個はなんであれかまわないものの尾根の両側を滑り落ちていく二つの斜面でしかないのだ。

『到来する共同体』ジョルジョ・アガンベン/著、上村忠男/訳より抜粋し流用。