mitsuhiro yamagiwa

2023-09-17

互いに互い

テーマ:notebook

序章

6 人類学を人間的なるものを超えたところに連れ出すには、生命のかなたを見ることが必要である。

第一章

4 「象徴的な出来事において、文化と自然の間に根本的な非連続性が導入される」。(Sahlins)。これは、「音」(つまり自然)と「観念」(つまり文化)の間の根本的に恣意的である」結びつきに関するソシュールによる強調を反映している(Saussure)。

第二章

15 活動中の諸存在は、互いに編み目の中に関係的に結びつけられている。そうした諸存在は互いにとって、差異を感じさせる。それらは、互いを互いに成り立たせるのである。言語学者的記号論は、諸単語が互いに互いの意味を与えることを教えてくれる。物質的記号論は、言語的なるものを超えて、こうした洞察を拡張し、諸存在を互いの存在を与えると主張する。つまり、諸存在は互いを規定する。

第五章 

 あらゆる自然が常に既に歴史的であるという考えは、私たちの分野において直面する表象の問題と関連するーーすなわち、人間的なるものを素材に減ずることなく、象徴的指示という人間に特有の規約的な論理の外側に立つことについて、語る方法を知らないということである。

第六章

マルセル・モースによる、私たちを私たちたらしめる負債という概念は、これらの全ての他者に対する私たちの関係に当てはまる。つまり、「与えるときには人は自分自身を与えるが、自分自身を与えるのであれば、それは、自分自身ーー自分という人と自分の財産とーーを、他の人に「負っている」からである。

『人間的なるものを超えた人類学 森は考える』エドゥアルド・コーン/著、奥野 克巳・近藤 宏 /監訳、近藤 祉秋・二文字屋 脩 /共訳