あらゆる物質は
“意識や命を宿す”
“命は生まれ変わる”
知識こそが
世界を幻想から救う
世界を知るには
自分を見つめること
自分を知るには
世界を見ること
「天啓とは自我を忘れ
開かれた心にー
降りてくるものだよ
協調性にね」
「作者の魂がこもらない作品は
私の心には響かない」
「自らの独創性を認めない
作者の作品は芸術ではない」
「自己を超越する存在を信じずして
高みに昇る力を得ることはない」
「私たちと霊的世界を
つなぐ芸術作品は詩的であるべきだ」
「君の作品は理知的すぎる」
「頭ではなく心に訴える…。」
@ルドルフ・シュタイナー
≫ 感性〈心〉と知性〈頭〉が分裂、分断されることこそ二元論…。
≫ 色彩とは“光彩”、そのものをどのように捉えるのか、そこに尽きる…。
≫ 配色、コントラスト、コンポジションが抽象度を現わし、一般的に問いただされるタッチやニュアンスは、illustration〈ヘタウマ〉な表現領域、そこは二次的ではないのか⁈
≫ 結局、シュタイナーは芸術〈抽象〉の発生源を心〈精神〉なのか、頭〈脳〉なのか?を曖昧に、前後間を行ったり来たり、表裏一体に分断させることしかできない、ってことは解釈も理解もできてはいない?!そのプロットがスリリングでリアリティがある。そもそも抽象を具現化 ≒ 言語化することこそ“現われを表すこと”であって、それは端的に観念像の概念化でしかなく、そもそも”わかる ⇄ わからない”そういった次元さえ存在するのかもあやしく、それらを闇雲に問うことは愚直でしかなく、そこは問い返す術しかないかのよう…。
≫ かつては外界に好奇心旺盛だった画家は、自分自身へと行き着き、いつからか内的な執着、執心へ変容、どこまでも平面的で不透明な評価、その目的化へと向かう、それが近代から現代か?!