mitsuhiro yamagiwa

「アイデアは所有できない。それを理解しうる人のものだ」

“Ideas cannot be owned. They belong to whoever understands them”.

アイデアを特定の個人の所有物とせず、より多くの人と分かち合おうとしてきたルウィット

| ソル・ルウィットによるテキスト

空間とは、三次元の容積が占める立体的な領域として捉えられる。容積は必ず空間を占める。

空間とは、空気のように目に見えないが、物と物の間にある測定可能な間隔として捉えられる。

間隔が規則性を持つと、規則から外れるものは一層重要性を帯びる。

建築と三次元の芸術は、正反対の性質を持つ。

三次元の芸術が、たとえば、実用的な空間を形づくるといった建築の特徴を持つようになると、芸術としての機能は弱まる。

あらゆる三次元の芸術は物としと実現される。

逆説的な仕方で用いることになる(物質性の強調をアイデアに転換するということ)。

これらのアイデアは、私がアーティストとして従事してきた仕事から得られたものであり、今後、経験が変化すれば変わることもある。

明確でない部分があるとすれば、それは私の思考が明確でないということなのかもしれない。

*「芸術作品」という語が好きではない。なぜなら、「作品」という単語が好きではなく、その語が気取っているように感じるからだ。だが、他に何と言えばいいのかわからない。

| コンセプチュアル・アートについてのセンテンス

ソル・ルウィット

1969/78年

1. コンセプトとアイデアは異なる。前者は全体としての方向性を示し、後者はその構成要素である。アイデアはコンセプトを実現する。

17. あらゆるアイデアは、芸術に関わり、芸術の慣習の範囲内にあるなら、それは芸術である。

20. 優れた芸術は、私たちの知覚を変えることによって、慣習に対する理解を変える。

24. 知覚は主観的である。

26. アーティストは自分の芸術よりも他者の芸術を的確に知覚することがある。

34. アーティストがあまりに技巧的になると、表層的な芸術を生み出すようになる。

35. これらのセンテンスは芸術について述べているが、芸術そのものではない。

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https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/LeWitt

ソル・ルウィット(1928-2007)は、アイデアを要とする作品を通して、芸術はいかにありうるかという問いに向き合った、20世紀後半を代表する米国出身のアーティストです。1960年代、社会的にも文化的にも変革期にあったニューヨークで制作を始め、「アイデアは芸術を生み出す機械となる」という原理のもと、事前に設定された仕組みによって形や線、色が連続的に導き出される作品を手がけ、主観的な判断に拠らない芸術のあり方を探求しました。

所定のプランや手順を踏むことで、ルウィット以外の誰かの手によって描かれるウォール・ドローイングのように、いつでも、どこでも、誰でも実行可能となる作品の数々は、機械による複製とは異なり、制作に関わる他者の解釈や場の物理的な条件に応じて、その都度、別様の形が結果として立ち上がります。

こうした複数の現れは、作者性や永続性、唯一性といった芸術をめぐる前提への再考を促すとともに、創造の行為主体が作品のアイデアを読み解こうとするひとりひとりにまで及ぶことを示しています。

本展は、展示室の壁に描かれるウォール・ドローイング、立方体を基本単位とする立体作品など、明瞭かつ豊かな視覚言語を手がかりに、そこに至る思考の筋道をたどることで、ルウィットの芸術をあらためて検証するものです。

考え続けるという行為自体に創造性を認め、既存の構造を組み立て直そうとしてきたその試みは、現実の世界を形づくる枠組みや私たちの視点を方向づける仕組みに対し、別のアイデアを構想しうる可能性を開くでしょう。