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|(それぞれの)世界が問いをつくりだす](https://mit-yamagi.com/is-it-real-now/) - 序論 現象学においてなぜ曖昧な世界が問題となるのか 世界と、その拡がりに比べればごく限られた領域で生じている私 - [One Battle After Another | Paul Thomas Anderson](https://mit-yamagi.com/one-battle-after-another-paul-thomas-anderson/) - 偽りの“強さ”はいずれ暴かれるだろう。もはやアイロニーとユーモアは渾然一体、その境界はない。頽廃 ⇄ 排外を繰 - [「疑うことと問いを立てること」ー " 弱さと強さ "の共存 | Ryan Gander | YOU COMPLETE ME](https://mit-yamagi.com/「疑うことと問いを立てること」ー-弱さと強さ/) - ごあいさつ ライアン・ガンダー(1976年生まれ)は、英国サフォークを拠点に活動するアーティストです。絵画、彫 - [「ふつうの暮らし」を美学する + 左右を哲学する  |  紹介の紹介…。](https://mit-yamagi.com/「ふつうの暮らし」を美学する-+-左右を哲学する/) - | 時とところが変われば、私たちの感性と結びつく文化のありかたは変わります。 - [つくることからつくられること |マルセル・デュシャン + 松澤宥 - オブジェの誕生と消滅 -](https://mit-yamagi.com/つくることからつくられること-|マルセル・デュ/) - | 展覧会メモ NAMコレクション2025 第Ⅱ期 | マルセル・デュシャン + 松澤宥 - オブジェの誕生と - [共存する差異|辰野登恵子](https://mit-yamagi.com/共存する差異|辰野登恵子/) - ・ 辰野登恵子のことば私の絵には、エスキース※習作 という概念が当てはまらないんです。ドローイングは、集中して - [跋 | 歴史の地震計](https://mit-yamagi.com/跋-|-歴史の地震計/) - 図像における「定型」としての身振りは、時代と地域を越えた比較法によってはじめて発見される、言語の「祖語」にも - [「記憶」という役割と「記憶」の働き](https://mit-yamagi.com/「記憶」という役割と「記憶」の働き/) - コレクションを中心とした特集 |『記録をひらく 記憶をつむぐ』 1章 | 絵画は何を伝えたか 「記憶」という - [ポップ・アート|うすっぺらな厚み](https://mit-yamagi.com/ポップ・アート|うすっぺらな厚み/) - >> 展示会場で唯一の撮影許可ポイントが美術館の広報媒体を背景に! 誰も撮ってないので…。あえて、、、 | 芸 - [無にするもの|ein Nichtiges, ein sich Vernichtendes](https://mit-yamagi.com/ein-nichtiges-ein-sich-vernichtendes/) - 作品は、芸術家の創造行為と観賞者の感性的把捉の両方から決定づけられるのだが、その二重性が美学史全体を横 - [Layers of Accumulated Time | Depicting the world we live in](https://mit-yamagi.com/layers-of-accumulated-time-depicting-the-world-we-live-in/) - 「積層する時間:この世界を描くこと」 https://www.kanazawa21.jp/data_list. - [黙然とする塊](https://mit-yamagi.com/黙然とする塊/) - 黙然たる反骨 安藤照 ―没後・戦後80年 忠犬ハチ公像をつくった彫刻家― 2025年6月21日(土)~202 - [Luigi Ghirri Infinite Landscapes and Trans physical](https://mit-yamagi.com/luigi-ghirri-between-the-lines-and-trans-physical/) - | ルイジ・ギッリ『終わらない風景』 https://topmuseum.jp/contents/exhibi - [造形作家の「起こし絵」をつくる](https://mit-yamagi.com/造形作家の「起こし絵」をつくる/) - 内部と外部を分けつつ、つなぐ、あるいはどう乗り越えるかがフレームという仕組みで、どんなジャンルであれ基礎的技法 - [Winning and losing without meaning - indifferent peace, that random note.](https://mit-yamagi.com/winning-and-losing-without-meaning-indifferent-peace-that-random-note/) - 外部にある物質的なものの可塑性が、〈意味がある無意味〉の作用圏内つまり思考に、意味がなく無意味に破壊的影響を - [Ron Mueck |National Museum of Modern and Contemporary Art, Korea](https://mit-yamagi.com/ron-mueck-|national-museum-of-modern-and-contemporary-art-korea/) - 言語でつくってなければ言葉にならない。 https://mmca.go.kr/eng/exhibitions/ - [Pierre Huyghe |Liminal  | Leeum Museum ](https://mit-yamagi.com/pierre-huyghe-|liminal-|-leeum-museum /) - 展覧会タイトル「リミナル」は「考えも及ばない何かが出現する一時的な状態」を意味します。不可能なことや想像もでき - [認識の可塑性](https://mit-yamagi.com/認識の可塑性/) - https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/kenjiro <展覧会 - [センシング・ストリームズ〜生きものとともに](https://mit-yamagi.com/センシング・ストリームズ〜生きものとともに/) - 日本列島を分断するフォッサマグナを突き詰めると日本人の主体性のなさ〈幼稚さ〉へ遡行しながら、わたしたちに"根源 - [〜へという視線の先へ](https://mit-yamagi.com/〜へという視線の先へ/) - 新しい視覚言語?! https://www.momat.go.jp/exhibitions/561 それは、眼 - [引用の一端](https://mit-yamagi.com/引用という一端、あるいは細部/) - 限界とは可能なものの限界なのだ。 表象はそのとき「それ自体として」出現するのである。 私たちは同意をあたえるこ - [引用の引用](https://mit-yamagi.com/引用の引用/) - 「芸術について言うべきことはただひとつ、芸術とは芸術そのものだ、ということである。芸術とは芸術としての芸術(a - [虚構化される疑似体験](https://mit-yamagi.com/虚構化される疑似体験/) - 『 玉山拓郎:FLOOR 』 豊田市美術館 "自分で説明できないということは、僕の意図を超えたものができたとい - [19 Reference books + α](https://mit-yamagi.com/19-reference-books-α/) - はじまりの感覚:関連プログラム「不確かさ ー ふつうという水位」 2025.3.16 Arts Maebash - [不確かさ ー ふつうという水位 ](https://mit-yamagi.com/不確かさ-ー-ふつうという水位 /) - | 展覧会名 はじまりの感覚 Beginning Awareness 三輪途道、山極満博、山城大督 + ア - [創造をめぐる星座 ー パウル・クレー](https://mit-yamagi.com/創造をめぐる星座-ー-パウル・クレー/) - 《無題(152との関連で、ひとつの破れ目あり)》1915 《都市の描写》1915 点の拡がりが内外を分け隔て - [“ある”に還元されざる“なる”](https://mit-yamagi.com/あるに還元されざるなる/) - 6-7生存の非美学ーー剥離する表現(2) 感覚はそれを作る芸術家や参照されるモデル、あるいは作品を見る鑑賞者の - [そのつど言われたこと、そのつど見られたこと](https://mit-yamagi.com/そのつど言われたこと、そのつど見られたこと/) - 5-6 概念的人物ーー哲学の構築主義(3) 31 「他人に何かを信じさせようとする場合、私は、聞いてもらえたり - [経験的な知覚](https://mit-yamagi.com/経験的な知覚/) - 第5章 人称性 パフォーマティブ理性批判 5-4 イメージと常識ーー〈持つ私〉と〈在る私〉 ベルクソン - [ひとつの過ぎ去った世界](https://mit-yamagi.com/ひとつの過ぎ去った世界/) - 言語の基礎的な形態は間接話法、聞き伝え、自分が経験したのではないことについての言葉を他の誰かに伝播することであ - [避けがたい錯覚](https://mit-yamagi.com/避けがたい錯覚/) - 3-1なぜ地層を概念にするのか 地層はまさに「層」であり「帯」であって、その本質は、質料を形式化し、共鳴と冗長 - [見られるものであると同時に読まれるもの](https://mit-yamagi.com/見られるものであると同時に読まれるもの/) - 内容形式の自律性が損なわれ、人間は言葉という「世界」に自閉する 3-4ドゥルーズとフーコーの言葉と物(1) そ - [何かの内にあること](https://mit-yamagi.com/何かの内にあること/) - 3-6「ましてやわれわれ自身が著者であるとき」ーー映画の思考と『シネマ』の思考 「脳の」「古典的な」発想はふた - [従来の〈ある〉は、そうなるのかもしれない](https://mit-yamagi.com/従来の〈ある〉は、たしかにそうなる-。 /) - 来年1月25日からの『はじまりの感覚』→ https://www.artsmaebashi.jp/? - [デジャヴュ ー 記憶イメージ](https://mit-yamagi.com/デジャヴュ-ー-記憶イメージ/) - 2-6 観客かエンジニアか 記憶の形成について、われわれはふつう、知覚したものを記憶すると考えてい - [「見ること」と「知ること」](https://mit-yamagi.com/「見ること」と「知ること」/) - ・私たちの感覚や知覚、あるいは動作によって関与するどんな事象の継続も、一連の事象がたびたび同様にくり返すならば - [共有なき共感](https://mit-yamagi.com/共有なき共感/) - 空洞に潜るーー宇都宮でのイヴ・ネッツハマー展に寄せて 石川潤 1 無為の通過 「誰でもない者/ 誰でもよい者」 - [言葉はその不透明なものに近づく](https://mit-yamagi.com/言葉はその不透明なものに近づく/) - 概念における矛盾 現実的なものは理性的ではない。 総合の批判 全体性は概念把握の放棄と結びついている。 無規定 - [言表と言説](https://mit-yamagi.com/言表と言説/) - ・話すということは、たとえそれが自己を語る場合であっても、常に他人の位置を奪うことを意味している。つまり他人に - [外景描写から内面世界へ](https://mit-yamagi.com/外景描写から内面世界へ/) - 『北欧の神秘 ―ノルウェー・スウェーデン・フィンランドの絵画』 https://matsumoto-artmu - [CUBISM |大衆的な「スペクタクル」](https://mit-yamagi.com/cubism-|大衆的な「スペクタクル」/) - メッセージーキュビスムの革命 キュビスムは「模倣の芸術ではなく、創造にまで高まろうと目指す概念(コンセプション - [途上の一端](https://mit-yamagi.com/途上の一端/) - 「ズレを設計する」 https://www.yutakakikutakegallery.com/exhibit - [『クリスタルパレス』梅津庸一](https://mit-yamagi.com/『クリスタルパレス』梅津庸一/) - チューブからブチュ〜 むしょくのつもりはたしょくにまとめられないからじょうぜつにいろいろはぐちゃぐちゃになるよ - [「現在から現在へ」木下佳通代](https://mit-yamagi.com/「現在から現在へ」木下佳通代/) - 〈複視的な感覚〉 同じ「存在」に対し、別の認識が在ること ・時間の流れそのものを「見る」ことはできない。 ・「 - [ヴェルクマイスター・ハーモニー 4K](https://mit-yamagi.com/ヴェルクマイスター・ハーモニー-4k/) - Werckmeister Harmóniák BELA TARR いつの間にか“口々”へと派生、“ - [FURIOSA : A MAD MAX SAGA](https://mit-yamagi.com/furiosa-a-mad-max-saga/) - われわれは理性を見失うがゆえに悪に転じるのだろうか?ーー西部劇のプロットや復讐劇にしろ、仇を打つには従来 - [無関心領域?](https://mit-yamagi.com/無関心領域?/) - コンセプトとして、徹底し無関心でいられると同時に無関心を装う家族、その演者を監視カメラを通して定点観測すべ - [構成的パラドックス](https://mit-yamagi.com/構成的パラドックス/) - "Escher. Behind the Paradox" 「最も低い場所に向かって収斂する重直線が建物の高さを - [現実の回避と逃亡](https://mit-yamagi.com/現実の回避と逃亡/) - 新芸術の不評 「社会学的観点から見た」新芸術の特徴は、社会を、新芸術を理解できる人間と理解できない人間の二つの - [ゴースト・トロピック / 瞳をとじて](https://mit-yamagi.com/ゴースト・トロピック-/-瞳をとじて/) - 経過の一端にとどまるシークエンス 『Ghost Tropic』 Bas Devos はじまりの日暮れ 誰もい - [構想は、構造があって構成にいたる](https://mit-yamagi.com/構想は、構造があって構成にいたる/) - CARL ANDRE Between Sculpture and Poetry https://kawamur - [連関と差異](https://mit-yamagi.com/連関と差異/) - Ho Tzu Nyen | A for Agents https://www.mot-art-museum.j - [関係性は美学?](https://mit-yamagi.com/関係性は美学?/) - 第一章 関係的な形式 新しさはもはや価値判断基準ではない。 作品は、もはや空想的でユートピア的な現実を構築しよ - [オッペンハイマー](https://mit-yamagi.com/オッペンハイマー/) - 先行する未知の発明が生む猛威という大罪。 一人称の正当化に突き進む理論化の牽引は競争化を呑み込むように競合 - [枯れ葉](https://mit-yamagi.com/枯れ葉/) - ラジオから戦渦が忍び寄りつつ、それどころじゃないふたり。どこか辿々しくぶっきらぼうな身振りは現状に振り回されて - [忌避不能な責任という主題](https://mit-yamagi.com/忌避不能な責任という主題/) - フランツ・ローゼンツヴァイクーーある近代ユダヤ思想 2 別の秩序を求めて 宗教の秩序は、ヘーゲルの仕事によっ - [言語論的転換](https://mit-yamagi.com/言語論的転換/) - 訳者解題 美術館にとっては、もはや保管庫としてのかつての役割は重要ではなくなり、現代美術館は一時的な特別展や - [複製の流れ](https://mit-yamagi.com/複製の流れ/) - 創造的な仕事は隔離中の並行する時間に、隔離されて行われる。それゆえ、制作者の時間が鑑賞者の時間と再び同期する - [アルゴリズムの眼差し](https://mit-yamagi.com/アルゴリズムの眼差し/) - インターネットは透明で観察可能なものとして主体が元来構築される空間であり、後になっていた秘密を隠す。 今日 - [フィクションという枠組み](https://mit-yamagi.com/フィクションという枠組み/) - 第12章 インターネット上のアート 明らかに多くの文化に携わる人々が、このインターネットへの移行を自由化とし - [主体の主体性](https://mit-yamagi.com/主体の主体性/) - 第11章 ウィキリークスーー知識人の抵抗、もしくは陰媒としての普遍性 われわれは、普遍主義的なプロジェクトの - [単語の集合体](https://mit-yamagi.com/単語の集合体/) - 一九六〇年と一九七〇年のコンセプチュアル・アートは、単語の文脈および単語の集合知としてインスタレーション空間 - [解釈の行為](https://mit-yamagi.com/解釈の行為/) - デジタルによる複製 楽譜は開くことができず沈黙している。聴かれることで音楽は演奏される。デジタル化は視覚芸術 - [一回的に在る](https://mit-yamagi.com/一回的に在る/) - 第9章 近代と同時性ーー機械複製とデジタル複製 われわれの時代はまずそれ自体に興味を持つ。世界中で現代美術館 - [セルフ・プレゼンテーション](https://mit-yamagi.com/セルフ・プレゼンテーション/) - 『精神現象学』においてヘーゲルは、自意識は受動的な自己観察の結果としては現れないと指摘する。死にも通じる実存的 - [感覚可能なものの再配分](https://mit-yamagi.com/感覚可能なものの再配分/) - 第8章 グローバル・コンセプチュアリズム コンセプチュアリズム以後、もはやわれわれは芸術を、レディメイドの事 - [一時的な性質](https://mit-yamagi.com/一時的な性質/) - 第七章 リアリズムについて 多くの伝統的なイメージ、たとえばイコンは、非リアリズムであると思われる。なぜなら - [模倣の模倣](https://mit-yamagi.com/模倣の模倣/) - 第6章 クレメント・グリーンバーグーー芸術のエンジニア 全ての歴史的アヴァンギャルドの芸術作品と文章は、この - [ゼロ地点](https://mit-yamagi.com/ゼロ地点/) - 第5章 共産主義を設置する 「共産主義」という単語は通常「ユートピア」という単語と結びついている。 ユート - [共通する現実](https://mit-yamagi.com/共通する現実/) - 第4章 革命的になることーーカジミール・マレーヴィチについて 芸術はどのようにして進歩の破壊性に抵抗すること - [現実と現状](https://mit-yamagi.com/現実と現状/) - 近代性を美学化する 実際にこれはとりわけアヴァンギャルドの芸術家に当てはまる。彼らはしばしば誤って、技術の - [美学化、死の形式](https://mit-yamagi.com/美学化、死の形式/) - 第3章 アート・アクティヴィズムについて アート・アクティヴィストは単に芸術のシステムや、その下でアートのシ - [全体の間違い](https://mit-yamagi.com/全体の間違い/) - 人々は自由時間に旅行をし、スポーツやエクササイズをして働く。彼らは本を読まない。彼らはフェイスブック、ツイッ - [芸術の終焉の後](https://mit-yamagi.com/芸術の終焉の後/) - 第2章 理論の眼差しのもとで 理論はプロパガンダとして、もしくはむしろ宣伝として機能する。理論家は美術作品が - [時間の不可逆性](https://mit-yamagi.com/時間の不可逆性/) - 第1章 流れ(フロー)に入る 伝統的な人間文化の主要な仕事は全体性を探求することだった。この探求は、人間自身 - [流れの反転](https://mit-yamagi.com/流れの反転/) - イントロダクションーー芸術の流体力学 アヴァンギャルドによる美術館の制度に対する論争は、近代の政治と同じく、 - [観想的主体について](https://mit-yamagi.com/観想的主体について/) - LANDSCAPES WITH HUMANTRACES: RELIGIOUS AND POLITICALSIG - [Deflect repetition, repeat?](https://mit-yamagi.com/__trashed-5/) - I paint from Life. To me, there is nothing more surreal - [水平性を目指す戦い](https://mit-yamagi.com/水平性を目指す戦い/) - 12 革命のケアーーボグダーノフ ゲシュテルはまた「装置」を意味する。 ハイデガーは技術社会的な装置がわれ - [プライヴァシーの拡大と喪失](https://mit-yamagi.com/プライヴァシーの拡大と喪失/) - 11 仕事と労働ーーアーレント アレントは、「労働力」という概念を導入することにより、マルクスが仕事と労働の - [不伏蔵性](https://mit-yamagi.com/不伏蔵性/) - 9 現存在であることとしてのケアーーハイデガー ハイデガーは人間を、世界内存在である現存在として定義する。こ - [真理の観想](https://mit-yamagi.com/真理の観想/) - 7 ケアティカーとしての人民ーードゥボール もし世界全体を支配する権力と力への直接的で媒介されない経路を手に - [必要の根底](https://mit-yamagi.com/必要の根底/) - 5 至高の動物ーーバタイユ 機械は自分の生存を心配しない。しかし動物と人間は心配する。 労働を拒否すること - [肯定と健康](https://mit-yamagi.com/肯定と健康/) - 3 大いなる健康ーーニーチェ ニーチェによれば健康を表明することは攻撃である。ここには、自由は既存の秩序の否 - [自然な死](https://mit-yamagi.com/自然な死/) - 1 ケアからセルフケアへーープラトン、ソクラテス 哲学の運動は、前へと進む運動ではなく、教育と知識の道を進む - [ケアに先立つセルフケア](https://mit-yamagi.com/ケアに先立つセルフケア/) - はじめにーーケアとセルフケア 現代社会において最も普及した労働の形態はケアワークである。人間の生命を保障する - [周囲の音](https://mit-yamagi.com/周囲の音/) - 芸術を自己表現と考えるのではなく自己改造と考えるのです。 もっと自由になるために。 哲学者による国際会議がある - [「親密さ」への没入](https://mit-yamagi.com/「親密さ」への没入/) - 結論 親密さの専制 親密さとは、この最後の種類の、普通の生活における一つの専制的支配である。 むしろ制度や - [衝動と障壁](https://mit-yamagi.com/衝動と障壁/) - ナルシシズムの精神的エネルギーを動員するのは信念の文化と協力したこの階級構造なのである 問題は彼らが会社の構 - [距離の範囲](https://mit-yamagi.com/距離の範囲/) - ナルシシズムはこのエネルギーを弱める ヒステリー障害は、要するに、公的生活と私的生活の区別と安定の危機ーーこ - [遊びのルール](https://mit-yamagi.com/遊びのルール/) - 子供の遊びと子供たちが肉体的にまた感情的に未発達なために経験する欲求不満との関係はどうだろうか? 幼児はいま - [自分との距離](https://mit-yamagi.com/自分との距離/) - 遊びは公的な表現のエネルギーである 遊びについての膨大な文献は二つの学派に分かれる傾向がある。一つは遊びを認 - [感情の提示と表示の違い](https://mit-yamagi.com/感情の提示と表示の違い/) - 第十四章 芸術をうばわれた俳優 社会は劇場であり、すべての人は俳優である。 理念としとは、このヴィジョンは - [不信と結束](https://mit-yamagi.com/不信と結束/) - コミュニティの人道的な損害 不寛容が成長することはうぬぼれた自尊心、傲慢、あるいは集団的自信の結果ではない。 - [群衆とコミュニティ](https://mit-yamagi.com/群衆とコミュニティ/) - コミュニティのまわりにつくられたバリケード 集団相互の親善の経験がおもわくとして考えられていたとしても、排除 - [感情の共有?](https://mit-yamagi.com/感情の共有?/) - 第十三章 コミュニティは不作法になる 小規模なコミュニティを信じる考えがますます強力な理想になったのである。 - [個性の知覚](https://mit-yamagi.com/個性の知覚/) - エレクトロニクスが過去の沈黙を固める エレクトロニクスによるコミュニケーションは公的生活の観念そのものを終わ - [感情表現の信念](https://mit-yamagi.com/感情表現の信念/) - 第十二章 カリスマは不作法になる 礼儀正しさとは、人が自分を他の人々に重荷として感じさせないときに成りたつも - [独自の規則、変えられる規則](https://mit-yamagi.com/独自の規則、変えられる規則/) - 過去から受け継いだ矛盾を通じ、また過去の否定を通じて、われわれは十九世紀の文化的条件に囚われたままである。 - [心理の形態](https://mit-yamagi.com/心理の形態/) - 第四部 親密な社会 第十一章 公的文化の終焉 今日支配的な信念は、人と人との親密な道徳的善であるということで - [不在の神話](https://mit-yamagi.com/不在の神話/) - ドレフュス事件ーー破壊的ゲマインシャフト ひとたび公的生活と個人的生活の境界線が消されると、人格による裁判は - [認識の構造](https://mit-yamagi.com/認識の構造/) - 第十章 集団的個性 複雑さに直面して、人々は複雑なもののなかにある内的な、根本的な原理を得ようとする。なぜな - [沈黙と孤立](https://mit-yamagi.com/沈黙と孤立/) - 観客 一八五〇年代までに「まともな」観客とは沈黙によって感情を制御できる観客となった。 観客の役割は見るこ - [個性と社交性](https://mit-yamagi.com/個性と社交性/) - 第九章 十九世紀の公的人間 個性(パーソナリティ)が公的領域に入り込んだとき、公的な人間のアイデンティティは - [過去に対する反抗](https://mit-yamagi.com/過去に対する反抗/) - 個性と私的な家族 表面的な外見の秩序が、時間をかけて首尾一貫した個性となるために欠くべからざるものになる。基 - [知覚の受動性](https://mit-yamagi.com/知覚の受動性/) - 社会の原理としての個性ーーバルザックの見方 原理などというものはない。あるのは出来事だけ、法則は便宜主義の法 - [感情を取り戻す](https://mit-yamagi.com/感情を取り戻す/) - 第八章 「公」の場における個性 個性が公の場に現れたのは、新しい世俗的な世界観が社会全体に現れたからであった - [個人的かつ受動的](https://mit-yamagi.com/個人的かつ受動的/) - 第三部 十九世紀における公的生活の動揺 公的領域の個人化が話しことばと沈黙の新しい領域を生みだしたこと、そし - [限界のない自由](https://mit-yamagi.com/限界のない自由/) - 劇場としての都市にたいするルソーの告発 社交性が余暇の成果なのである。 しかしながら、人々がより相互に行為 - [外見をつくる人間](https://mit-yamagi.com/外見をつくる人間/) - 第六章 俳優としての人間 エリック・エリクソンが与えた意味では、アイデンティティとは、人が成りたいと思う人間 - [常のものであれ偶然のもの](https://mit-yamagi.com/常のものであれ偶然のもの/) - 公的な表現には限界がある 大人にとって話し言葉とは、自分自身の言葉を、公の場で用いることの問題になった。 - [非個人的](https://mit-yamagi.com/非個人的/) - 第五章 「公」と「私」 十九世紀以前には、自己に近いこの領域は、自分だけの、もしくは他人とは違った独自の個性 - [人目](https://mit-yamagi.com/人目/) - 非個人的領域は情熱的である 「公的な」振舞いとは、第一に、自己、自己の直接の歴史、環境、および必要から、ある - [内発性と人工性](https://mit-yamagi.com/内発性と人工性/) - 第四章 公的な役割 ちょうど俳優が舞台の外での自分の性格を明らかにすることなしに人々の感情に影響を与えたよう - [見知らぬ人](https://mit-yamagi.com/見知らぬ人/) - 第二部 旧制度の「公」の世界 第三章 観客ーー見知らぬ人たちの集まり 「中産階級」とは社会での地位の梯子の中間 - [提示から表示](https://mit-yamagi.com/提示から表示/) - 公的な役割 公的な生活と親密な生活との不均衡が大きくなるにつれて、人々はますます表現を希薄にしていった。心理 - [終わりのない適応](https://mit-yamagi.com/終わりのない適応/) - 第二章 役割 私への執着が侵食している芸術とは何なのであろうか? 方法の問題と発育不全な表現の間には関係が - [現在のなかの過去](https://mit-yamagi.com/現在のなかの過去/) - 公的領域における変化 人は公の場で自分を作るのであり、私の領域、なかんずく家庭内の経験において自分の自然の姿 - [通り抜けるためのスペース](https://mit-yamagi.com/通り抜けるためのスペース/) - それぞれが自分のなかにひきこもり、ほかの者たちすべての運命にたいして他人であるかのように振る舞う。彼にとっては - [部分 - 解体と修正](https://mit-yamagi.com/部分-解体と修正/) - シンビズム5 → https://www.koumi-museum.com/exhibitions/559/ - [つねにすでにはかつて](https://mit-yamagi.com/つねにすでにはかつて/) - 狂騒によって、虚実混交どころか真偽のほどさえかき消されてしまう劇中劇という転向、 あるいは戯画化される - [Exhibitions and events](https://mit-yamagi.com/exhibitions-and-events/) - 昨今の芸術祭、美術館も然り、ExhibitionとEventは一緒くたにエンタメ化する現状においてExhi - [中間への連動](https://mit-yamagi.com/中間への連動/) - 『ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室』 → https://kawamura-museum.dic. - [透過と等価](https://mit-yamagi.com/透過と等価/) - 「ジョセフ・アルバースと形態群の芸術」沢山遼(美術批評家)→ https://kawamura-museum. - [伝承と流布](https://mit-yamagi.com/伝承と流布/) - テート美術館展 光 ― ターナー、印象派から現代へ → https://tate2023.exhn.jp/wo - [どこ? そこ、ここ。](https://mit-yamagi.com/どこ?-そこ、ここ。/) - http://hakobune23.com/ 永久凍土 permafrost 2020-2023 ⌀26×16 - [事象の跡](https://mit-yamagi.com/事象の跡/) - 解説 生ある未来を紡ぎだしているのは、構成的な不在なのである。 その世界は、「死んでしまって軽くなった死者 - [互いに互い](https://mit-yamagi.com/互いに互い/) - 注 序章 6 人類学を人間的なるものを超えたところに連れ出すには、生命のかなたを見ることが必要である。 第一章 - [「ここ」と「かなた」](https://mit-yamagi.com/「ここ」と「かなた」/) - エピローグ 超える 『森は考える』は、森のように考えることを目指している。つまりイメージをもって考えることを - [種=横断的](https://mit-yamagi.com/種横断的/) - 自己の中の(あなた〉なるもの 主たちの領域は、森の中の人間的ではない記号過程とーーとりわけ人間的な仕方でーー - [形式](https://mit-yamagi.com/形式/) - 難問 遂語的な意思疎通は他者の主観的な視点を享受できるときに生じる。人々がイヌの「話」を理解できる、あるいは - [今ここにないもの](https://mit-yamagi.com/今ここにないもの/) - 未来にあること 人間であれ非人間であれ、単純なものであれ複雑なものであれ、自己は記号論的過程の中継点である。 - [〈それら〉に対して](https://mit-yamagi.com/〈それら〉に対して/) - 第六章 生ある未来(と軽くなった死者のはかり知れない重さ) 私たちは権力を、外部から主体に圧力をかけるもの、 - [連続性と接続](https://mit-yamagi.com/連続性と接続/) - 内部 形式の内部では、私たちが通常想像する限りでの歴史はーー現在に対する過去の出来事の効果ーー最も関連性の強 - [自己組織化するような論理](https://mit-yamagi.com/自己組織化するような論理/) - 形式の遊び たしかに記号過程はベイトソンが「差異を生み出す差異」と名づけたものを伝達するために働く。だが、ル - [同列](https://mit-yamagi.com/同列/) - ゴム ゴムノキがあるところは往々にして、川へと流れこむ沢のそばであることが多い。 ゴム経済は、ゴムを見つけ - [記号論的な様態](https://mit-yamagi.com/記号論的な様態/) - イヌ ー 人間のもつれあい イヌ ー 人間関係の土台にある階級構造は、同時に(だが、等しいわけではなく)、生 - [それぞれの〈それ〉](https://mit-yamagi.com/それぞれの〈それ〉/) - 第四章 種=横断的ピジン それぞれの〈それ〉は、ほかのそれと境を接する。〈それ〉は、ほかのそれと境を接するこ - [いつのまにかいつかどこかではいつもどこかで](https://mit-yamagi.com/いつのまにかいつかどこかではいつもどこかで/) - ハイヒールを履くバービーは、いつのまにかありえない扁平足に、地に足がついたビルケンシュトックに履き替え実体化? - [不可知の領域](https://mit-yamagi.com/不可知の領域/) - 展覧会メモ☞ 顕神の夢 霊性の表現者 超越的なもののおとずれ ごあいさつ 非合理的で直接的な経験が表現者にと - [異なる世界、異なる自然](https://mit-yamagi.com/異なる世界、異なる自然/) - 捕食 この諸自己の生態学に生きる様々な存在に気づき、関わりあうためには、様々な存在を人格と見なさなければなら - [反応の連続性](https://mit-yamagi.com/反応の連続性/) - 第三章 魂=盲 モノを知覚する存在の前にモノが存在しなかったというのではなく、むしろ生ある思考がこの地球に出 - [自己=記号、生命=思考](https://mit-yamagi.com/自己=記号、生命=思考/) - アニミズム まなざしを返すことによって、私たちはジャガーに私たちを自己として扱う可能性を与えようとしている。 - [媒介された考えること知ること](https://mit-yamagi.com/媒介された考えること知ること/) - 知らずして知ること より一般的に言えば、私たちは私たちが関わりあう、ほかの生ある自己たちを知ることまでいかに - [一般の中](https://mit-yamagi.com/一般の中/) - 関係性 要するに自己とは思考であり、そのような自己が互いに関わりあう諸様態は、その構成的な記号論的性質と、ひ - [パターニング](https://mit-yamagi.com/パターニング/) - 記憶と不在 ある雪の結晶がとる特定の形態は、雪が地面に落ちるにあたって、環境と相互作用した結果であり、歴史的 - [見分けないこと、取り違えること、忘れること](https://mit-yamagi.com/見分けないこと、取り違えること、忘れること/) - 第二章 生ある思考 考えるということは、様々な差異を忘れることである。ーーホルヘ・ルイス・ボルヘス「記憶の人 - [イメージに始まり、イメージに終わる](https://mit-yamagi.com/イメージに始まり、イメージに終わる/) - 成長 特定の習慣を選択して捨てるというこの習慣から、より高位のまた別の習慣が創発することになる。 世界の諸 - [習慣についての習慣](https://mit-yamagi.com/習慣についての習慣/) - 創発する実在 私たちは一般に、実在するものを現存するものとして考える。 しかし、実在するものを起きた物事ー - [記号過程](https://mit-yamagi.com/記号過程/) - 連続性の外にある新奇性 社会的事実には、それ独自の新奇な現実があり、先行してある何かーー心理的なものであれ、 - [フウキンチョウ](https://mit-yamagi.com/フウキンチョウ/) - 根本的な分離の感覚 その森が私たちを通じてそのありようを思考するのに任せるならば、私たち自身もまた何らかの仕 - [文脈](https://mit-yamagi.com/文脈/) - 言語を地域化する 言語を地域化することを呼びかける際に私が想起するのが、ディペッシュ・チャクラバルティーの『 - [インデックス](https://mit-yamagi.com/インデックス/) - 第一章 開かれた全体 私たちがつくり、かつ私たちをつくり出す、このような変化する文脈の内側に、私たちがいかに - [表象しているはずの道筋](https://mit-yamagi.com/表象しているはずの道筋/) - 人間の言語の理解力が常に論点となるような存在をいかに理解し、また、それらからいかに理解されるのか、ということ - [唯一のたぐいの私たち](https://mit-yamagi.com/唯一のたぐいの私たち/) - 文化が「複合的全体」であるなら、それゆえに文化はある「開かれた全体」でもあるというわけである。 人間的なる - [振り返りを振り返ること](https://mit-yamagi.com/振り返りを振り返ること/) - 森はいかに考えるのかを理解するための第一歩は、何かを表象するとはいかなることなのかを、これまでのように考える - [気づきを受け入れるとき](https://mit-yamagi.com/気づきを受け入れるとき/) - 序 ルナ・プーマ いかに他なるたぐいの存在が私たちのことを見るのか、このことが重要である。他なるたぐいの存在 - [なんでもないものの変容](https://mit-yamagi.com/なんでもないものの変容/) - 「アレックス・ダ・コルテ:新鮮な地獄」 https://www.kanazawa21.jp/data_list - [かまえをかたちにする技法](https://mit-yamagi.com/かまえをかたちにする技法/) - 著者インタビュー 希望の資源 化石燃料についてよくよく考えてみると、じつはわたしたちの方こそかれらの道具にな - [個人化とアノミー状態](https://mit-yamagi.com/個人化とアノミー状態/) - 四 したがって、自由放任主義の考え方が英語文化圏においていまなお支配的であるという事実こそが気候危機の中核な - [ひっくりかえしふりかえるならば](https://mit-yamagi.com/ひっくりかえしふりかえるならば/) - 第三部 政治 一 わたしたちは人間ならざるものによる制度から自由であったことなど一度もない、と地球の活動によ - [「外に出ている」有り方](https://mit-yamagi.com/「外に出ている」有り方/) - 九 とはいえ、帝国主義がアジアの工業化への道のりをは阻む唯一の障害ではなかった。この経済モデルはまた、多様で - [〔複数の〕近代](https://mit-yamagi.com/〔複数の〕近代/) - 第二部 歴史 一 帝国のプリズムを通して気候変動を見るということは、第一に、地球温暖化のあらゆる側面ーーその - [失われた時間](https://mit-yamagi.com/失われた時間/) - 四 なぜ、もっとも人口稠密なアジア諸国の工業化が二〇世紀の終わりまで遅れ、それ以前には起こらなかったのか。 - [黙殺されてきたこと](https://mit-yamagi.com/黙殺されてきたこと/) - 第二部 歴史 一 帝国のプリズムを通して気候変動を見るということは、第一に、地球温暖化のあらゆる側面ーーその - [イメージで考える?](https://mit-yamagi.com/イメージで考える?/) - 一八 「人間なるものは、形式のひとつの源泉でしかない」『森は考える』 むしろコーンが示すのは、「わたしたち」 - [ノーマルだと考える尺度](https://mit-yamagi.com/ノーマルだと考える尺度/) - 一四 人間ならざるものの行為主体性へと気づきは、語り(ナラティヴ)の伝統においてもっとも顕著に見いだされる。 - [視野の外におくこと](https://mit-yamagi.com/視野の外におくこと/) - 八 「気候変動は本質的に不気味なものだ。天候というもの、そしとその天候を変化させている高炭素なライフスタイル - [一個の全体?](https://mit-yamagi.com/一個の全体?/) - 二 無底 a 無差別としての無底 すなわち、すべての根底の以前に、またすべての実存するものの以前に、従って総じ - [転化と定立](https://mit-yamagi.com/転化と定立/) - f 自己顕示に悪が伴うならば、何故にこれがなされたか 創造への意志は直接にはただ光の、かくしてまた善の、誕生 - [潜勢という見地](https://mit-yamagi.com/潜勢という見地/) - b 創造の自由 なんとなれば、もし顕示への意志に対して、本質の内面へ帰り行こうとする他の意志が対立しなかった - [現象を記述することのみ](https://mit-yamagi.com/現象を記述することのみ/) - f 回心の可能 人間一般の性状からすれば、行為するのは彼自身ではなくして彼の内なる善い精神かまた - [未決定な存在者](https://mit-yamagi.com/未決定な存在者/) - b 人間の叡智的本質 自由なる行為は人間の叡智的なるものから直接に結集するものである。しかしその自由な行為は - [根源的未決定](https://mit-yamagi.com/根源的未決定/) - c 人間における悪の普遍的必然性 根底の意志はしかし、あらゆるものを特殊化し、または被造物的となすことにある - [解け得ないもの](https://mit-yamagi.com/解け得ないもの/) - b 形式と本質との関係によりするもの 積極的なるものは常に全体または統一である。これに対立するものは全体の分 - [不完全にある?](https://mit-yamagi.com/不完全にある?/) - 三 悪の消極的概念の批評 a ライプニッツ すなわち悪は原理の積極的なる逆倒または転倒に基づくという考え方 - [意志のうちなる意志](https://mit-yamagi.com/意志のうちなる意志/) - (1) 悪の原理は善の原理に並立せずして従属するというのである。 後者においては、従属的なるものもあくまで - [割り切れぬ剰余](https://mit-yamagi.com/割り切れぬ剰余/) - 第二 悪の一般的始原と発生(自由の実質的本質) 一 実在する限りの存在者と実存の根底たる限りの存在者との区別 - [多少ということ](https://mit-yamagi.com/多少ということ/) - 四 自由問題の難点 神が悪の共謀者として現われることは否定できない。というのは、徹頭徹尾依存的な存在者のもと - [善と悪との能力](https://mit-yamagi.com/善と悪との能力/) - d 自由の否定としての汎神論 永遠なるものが自己の本質によってそれの理由となるというごときものは、その限りに - [同一性と一様性の混同](https://mit-yamagi.com/同一性と一様性の混同/) - ニ 自由と汎神論 a 宿命論としての汎神論 たいていの者は、もし彼らが正直であれば、告白するであろう。自分た - [必然と自由との矛盾](https://mit-yamagi.com/必然と自由との矛盾/) - 意思の自由、選択の自由はどこからくるのか。悪を択びとりうる人間的自由は何によって根拠づけられているのか。 シ - [よむことのあらわれをみる](https://mit-yamagi.com/よむことのあらわれをみる/) - 『自然という書物』 http://hanga-museum.jp/exhibition/index/2023 - [「自分自身と話す」能力](https://mit-yamagi.com/「自分自身と話す」能力/) - 孤立と独りぼっちであることは同じものではない。私は独りぼっちではなくても孤立しているーーつまり、私と一緒に行 - [固有の始点と終点](https://mit-yamagi.com/固有の始点と終点/) - エピローグ(英語版第十三章 イデオロギーとテロルーー新しい統治形式) 実定法の権威の源泉としての〈自然〉もし - [終わりに含まれている始まり](https://mit-yamagi.com/終わりに含まれている始まり/) - 第十三章 イデオロギーとテロルーー新しい国家形式全体的支配 人間的にはわれわれは広く、われわれが知らず、また - [〈余計〉になりつつあるということ](https://mit-yamagi.com/〈余計〉になりつつあるということ/) - 第十ニ章 全体的支配 1 国家機構 全体的支配というものの持つ無構造性、あらゆる物的な因子や利害の無視、合目 - [われわれとその他](https://mit-yamagi.com/われわれとその他/) - 2 全体主義組織 テロルとプロパガンダではなく、組織とプロパガンダこそが一つのメダルの両面である。 全体主 - [過たない確かさ](https://mit-yamagi.com/過たない確かさ/) - 大衆がひたすら現実を逃れ矛盾のない虚構の世界を憑かれたように求めるのは、無政府的な偶然が壊滅的な破局の形で支 - [事実無視?](https://mit-yamagi.com/事実無視?/) - 第十一章 全体主義運動 1 全体主義のプロパガンダ 社会のモッブ分子とエリート分子に対して全体主義運動が揮う - [目立たない人々](https://mit-yamagi.com/目立たない人々/) - 足し算はすべて引き算であり、加えれば加えるほど、引いてゆくことになる。 理屈をこねるというのはどういうこと - [没我性と匿名性](https://mit-yamagi.com/没我性と匿名性/) - 2 モッブとエリートの一時的同盟 エリートは、階級制度の崩壊が大衆化された個人を生み出すようになる以前に、無 - [思考と行為の差異](https://mit-yamagi.com/思考と行為の差異/) - 1 大衆 全体主義運動は大衆運動であり、それは今日までに現代の大衆が見い出し自分たちにふささわしいと考えた唯 - [大衆運動?](https://mit-yamagi.com/大衆運動?/) - まえがき Ⅰ 重大な問題は、全体主義の研究が、中国で起こったこと、現在なお起こりつつあることを無視してよいの - [Another round](https://mit-yamagi.com/another-round/) - [Collective and objectivity](https://mit-yamagi.com/collective-and-objectivity/) - まさしく人間の人間に対する内在、あるいはさらに、絶対的に、すぐれて内在的存在であるとみなされた人間こそが - [無定形性](https://mit-yamagi.com/無定形性/) - ーー しかし、反省状態にいつまでもいつづけたり、反省のなかですっかり立ちどまってしまったりするのが、困った - [公衆 ?](https://mit-yamagi.com/公衆/) - 時代が情熱のない反省的な時代となって、すべて具体的なものを払拭してしまうと、公衆は一切のものを総括すべき全体と - [水平化の抽象](https://mit-yamagi.com/水平化の抽象/) - 利己的な妬みは願望という形で個人自身からあまりに多くのものを要求し、それがために、個人を阻害する。 妬みが - [反省というやつ、おしゃべりの種](https://mit-yamagi.com/反省というやつ、おしゃべりの種/) - 問題はただ時代がいかにあるか、そのあり方だけであり、そしてこのあり方は、かなり一般的な見地に立ってはじめて看 - [見せかけだけの運動](https://mit-yamagi.com/見せかけだけの運動/) - 現代は本質的に分別の時代、反省の時代、情熱のない時代であり、束の間の感激に沸き立っても、やがて抜け目なく無感 - [単独者と多数者](https://mit-yamagi.com/単独者と多数者/) - B 罪の継続 人々は、多くの場合、ただ瞬間的にのみ自己を意識し、重大な決断をするときに自己を意識するばかりで - [認識を曇らせる?](https://mit-yamagi.com/認識を曇らせる?/) - 付論 罪の定義がつまずき可能性を蔵しているということ、つまずきについての一般的な注意 驚嘆は幸福な自己喪失で - [関係がそれ自身に関係する](https://mit-yamagi.com/関係がそれ自身に関係する/) - 〔1〕神との関係においては、男と女といったような区別は消滅するが、そこでは、献身が自己であること、また献身によ - [絶望と反抗](https://mit-yamagi.com/絶望と反抗/) - 2 永遠なものにたいする絶望、あるいは、自己自身についての絶望 人が自己自身について絶望するということがある - [直接性そのもの?](https://mit-yamagi.com/直接性そのもの?/) - B 意識という規定のもとに見られた絶望 a 自分が絶望であることを知らないでいる絶望。あるいは、自分が自己と - [酸素と呼吸](https://mit-yamagi.com/酸素と呼吸/) - a 可能性の絶望は必然性を欠くことである 有限性が無限性にたいする限定者であるのと同じように、可能性にたいし - [想像と反省](https://mit-yamagi.com/想像と反省/) - α 無限性の絶望は有限性を欠くことである 人間の生き方が無限になったつもりでいる、あるいはただ無限でのみあろ - [無限の譲与](https://mit-yamagi.com/無限の譲与/) - C 絶望は「死にいたる病」である 絶望する者は、何事かについて絶望する。一瞬そう見える、しかしそれは一瞬だけ - [積極的な第三者](https://mit-yamagi.com/積極的な第三者/) - 第一編 死にいたる病とは絶望のことである 自己とは、ひとつの関係、その関係それ自身に関係する関係である。 - [現代の指針](https://mit-yamagi.com/現代の指針/) - キルケゴールという出来事 キルケゴールが体験し見て取ったものは、大衆という客観的なものに判定を委ねる陰で、責 - [世界の外](https://mit-yamagi.com/世界の外/) - Ⅲ そんなふうに存在しているということ、それが本来の存在様式であるということーーこのことはわたしたちにあるひ - [そんなふうにそのもの](https://mit-yamagi.com/そんなふうにそのもの/) - 取り返しがつかないもの 〈取り返しがつかないもの〉とは、もろもろの事物がそんなふうにあるがままに、あれやこれ - [言語活動のうちにあること](https://mit-yamagi.com/言語活動のうちにあること/) - 18 シェキナー 最終形態における資本主義はーーこうドゥボールは、当時愚かにもなおざりにされていた商品の物神 - [限定された対象](https://mit-yamagi.com/限定された対象/) - 16 外 なんであれかまわないものは純粋の個物がとる形象である。なんであれかまわない個物は自己同一性をもたず - [似像](https://mit-yamagi.com/似像/) - 14 偽名 あらゆる嘆きは言語活動についての嘆きであり、あらゆる称賛はなによりも名前の称賛である。それらは人 - [元型のない類似性](https://mit-yamagi.com/元型のない類似性/) - 11 倫理 倫理にかんするあらゆる言説の出発点に置いておくべき事実は、人間にはそうであったり実現しなければな - [思考しないでいる能力](https://mit-yamagi.com/思考しないでいる能力/) - 9 バートルビー カントは可能性の図式を《ある事物の表象をなんらかの時間について規定すること》と定義している〔 - [発生の様式](https://mit-yamagi.com/発生の様式/) - 6 くつろぎ 人はそれぞれの最終状態に到達して自らの運命を成就する瞬間、まさにこのことが理由で自分が隣人の場 - [線というイメージ](https://mit-yamagi.com/二つの斜面/) - 4 生起 悪を把握すること以外に善の本質は存在せず、真正ではないものや本来的でないもの以外の内容をもたないこ - [言語的存在](https://mit-yamagi.com/言語的存在/) - あらゆるものはあらゆるもののうちにあり、それの外では無である。 1 なんであれかまわないもの 到来する存在は - [構成要素の拡張性](https://mit-yamagi.com/構成要素の拡張性/) - 芸術は主体をその帰属から開放する。もとより既存の制度の内部で評価されることに彼女の関心はなかったはずであ - [公示される自己](https://mit-yamagi.com/公示される自己/) - 文庫版解説 わが国の政治学には、依然としてマルクス主義の強い影響がみられた。アレントの『人間の条件』は、まず - [消費の対象](https://mit-yamagi.com/消費の対象/) - 訳者解説 一 アレントについて 現代は大衆社会といわれている。大衆社会とはなにか。そもそも社会とはなにか。ア - [空虚な過程](https://mit-yamagi.com/空虚な過程/) - 45 〈労働する動物〉の勝利 「世俗的」という言葉が一般的に使われた場合なにを意味しているにせよ、歴史的にはそ - [行為と観照の転倒](https://mit-yamagi.com/行為と観照の転倒/) - 43 〈工作人〉の敗北と幸福の原理 問題はすべて解決することができ、人間の動機はすべて有用性の原理に還元する - [過程の概念](https://mit-yamagi.com/過程の概念/) - 41 観照と活動の転倒 おそらく、近代の諸発見が引き起こした精神的結果のうちで最も重要なものは〈観照的生活〉 - [人工的なリアリティ](https://mit-yamagi.com/人工的なリアリティ/) - 39 内省と共通感覚の喪失 内省とは、自分の魂や肉体の状態にたいする人間精神の反省ではなく、意識の意識そのも - [地球拘束的な被造物](https://mit-yamagi.com/地球拘束的な被造物/) - 36 アルキメデスの点の発見 キリストの生誕は、古代の終りをもたらしたのではなく、なにか新しい始まりを告げた - [人間の内部における経験](https://mit-yamagi.com/人間の内部における経験/) - 第六章 〈活動的生活〉と近代 35 世界疎外 近代の入口には三つの大きな出来事が並んでおり、それが近代の性格 - [非人格化?](https://mit-yamagi.com/非人格化?/) - 31 活動の伝統的代替物としての製作 活動の災いは、すべて、人間の多数性という条件から生じているのだが、この - [他人の眼に現われ他人が私の眼に現われる空間](https://mit-yamagi.com/他人の眼に現われ他人が私の眼に現われる空間/) - 26 人間事象のもろさ 人間事象の領域の内部には、制限と境界線がある。しかし、このような制限と境界線は、それ - [物の客観的世界](https://mit-yamagi.com/物の客観的世界/) - 第五章 活動 24 言論と活動における行為者の暴露 多種多様な人びとがいる人間の多数性は、活動と言論が共に成 - [比率の観念](https://mit-yamagi.com/比率の観念/) - 21 手段性と〈工作人〉 目的は手段を生みだし、手段を組織する。 厳密に人間中心的な世界では、使用者である - [活動する動物?](https://mit-yamagi.com/活動する動物?/) - 17 消費社会 マルクス自身の用語でいえば、労働からの解放とは、必然〔必要〕からの解放である。これは究極的には - [反復と過程の無限性](https://mit-yamagi.com/反復と過程の無限性/) - 14 労働と繁殖力 彼にとって、労働とは、個体の生存を保証する「自分自身の生命の再生産」であり、生殖とは、種 - [人間と物の間の交わり](https://mit-yamagi.com/人間と物の間の交わり/) - 第三章 労働 11「わが肉体の労働とわが手の仕事」 人間は生命の必要物によって支配されている。 実際、背後に - [見せるべきものと隠すべきもの](https://mit-yamagi.com/見せるべきものと隠すべきもの/) - 7 公的領域ーー共通なるもの 「公的」という用語は、密接に関連しているが完全に同じではらないある二つの現象を意 - [区別と差異|事態の推移](https://mit-yamagi.com/区別と差異|事態の推移/) - 第ニ章 公的領域と私的領域 4 人間ーー社会的または政治的動物 〈活動的生活〉とは、なにごとかを行なうことに - [直線運動と円環運動](https://mit-yamagi.com/多数性?/) - 地球は人間の条件の本体そのものであり、おそらく、人間が努力もせず、人工的装置もなしに動き、呼吸のできる住家で - [空間・時間的境界](https://mit-yamagi.com/空間・時間的境界/) - 一〇 プランクの発見と原子説の哲学的基本問題 何よりもまず問題提起が彼の関心をひき、第二番目になってやっと回 - [中心の欠如](https://mit-yamagi.com/中心の欠如/) - 六 自然科学的世界像の統一 明らかに物理学と化学とによって完全に説明できる有機体内の個別事象と、全体としての - [新しい調和](https://mit-yamagi.com/新しい調和/) - 三 現代物理学の原理的諸問題 新しい連関を見つけ出すということそれ自体は、以前とは質的に異なる概念世界の中に - [われわれの自己制限](https://mit-yamagi.com/われわれの自己制限/) - 一 精神自然科学の基礎の最近における諸変革 正確さ、すなわち、ここまでは古典概念が自然記述に有意義に適用でき - [外的は公敵?](https://mit-yamagi.com/外的は公敵?/) - 第5章 祝祭・服装・アノミー 5-1 「すべての社会はカオスと対向するかたちで構築されてきたのだった。アノミー - [幽霊的な形象](https://mit-yamagi.com/幽霊的な形象/) - 第2章 法律-の-力 2-1 例外状態は、規範を停止することで、「決定という特殊に法律学的な形態要素を絶対の - [未分化の領域](https://mit-yamagi.com/未分化の領域/) - 本当の意味で政治的なのは、暴力と法とのあいだのつながりを断ち切るような行動だけなのだ。 第1章 統治のパラダイ - [パターンをつくるパターン](https://mit-yamagi.com/パターンをつくるパターン/) - 訳者あとがき オートポイエーシス論にいわせれば、生物が規則的な振る舞いを見せるのは、規定された規則にしたがっ - [複数の枠組み](https://mit-yamagi.com/複数の枠組み/) - 第43節 感性と徹底 かかる非人間的なものは未知のものであり、非人間的なシステムに挑戦を仕掛け、偶然性の必然 - [思考することの限界と思考されないものの限界](https://mit-yamagi.com/思考することの限界と思考されないものの限界/) - 第40節 技術圏あるいはキリスト発生 人間は多くの異なるアルゴリズムを寄せ集めたものであり、単一の内なる声と - [脱根拠](https://mit-yamagi.com/脱根拠/) - 第38節 地の原理あるいは根拠律 かかる主観と客観の無差別は、うち(人間主体)と外(自然対象)の連続性という - [組織化する無機的なもの](https://mit-yamagi.com/組織化する無機的なもの/) - 第36節 第三次予持と先制 第三次予持という概念はわたしには、デジタル・テクノロジーによって再構成された時間 - [時間の空間化 - 不可欠な欠如](https://mit-yamagi.com/時間の空間化-不可欠な欠如/) - 第34節 偶然性の器官学 シモンドンは情報という考え方に照らして個体化を再考しようと試みているが、情報が何ら - [集団的=間個体的](https://mit-yamagi.com/集団的=間個体的/) - 第四章 組織化する無機的なもの 環境はわれわれの日常生活に能動的に関与してくる。 シモンドンが正しく観察す - [規範の機構](https://mit-yamagi.com/規範の機構/) - 第30節 規範と偶有 ベルクソンにいわせると人工的なシステムは機械的ではあるが実在的ではない。 アランにと - [緊張と延長、連合と統合](https://mit-yamagi.com/緊張と延長、連合と統合/) - 第27節 デカルトと機械的諸器官 デカルトには器官学的な思考の形跡がある。 「われわれは新たな身体のつくりか - [一と多](https://mit-yamagi.com/一と多/) - 第24節 計算不可能性とアルゴリズム的偶然性 サイバネティクスのフィードバックは「等結果性」を許容する。つま - [通信と制御](https://mit-yamagi.com/通信と制御/) - 第21節 ウィーナーのライプニッツ主義 人間の精神とは記号の結合にもとづいた作動の集合であり、推理とはそうし - [自然の部分](https://mit-yamagi.com/自然の部分/) - 第19節 論理の肯定としての自然の死 絶対的な必然性は依然として偶然的なのである。 みずからの実存の根拠に - [概念の概念](https://mit-yamagi.com/概念の概念/) - 第17節 有機体論と反省の論理 再帰性は他者の認識を通じた有機的な全体の把捉を可能にするーーかかる他者はつね - [作動的な論理](https://mit-yamagi.com/作動的な論理/) - 第13節 自然哲学における再帰性 自然は一にして無限であり、かかる自然全体は「みずからの原因にして結果である - [絶えざる交渉過程](https://mit-yamagi.com/絶えざる交渉過程/) - 第11節 フィヒテの自我における再帰性 「制約するとはすなわち或るものを一つの物にする働きであり、制約される - [不思議な全体](https://mit-yamagi.com/不思議な全体/) - *** 第一章 自然と再帰性 自然法則が必然的であり続けられるのは、例外により反証されるまでのことである。そ - [非理由性](https://mit-yamagi.com/非理由性/) - 第7節 生態学以後、太陽破局以前 思弁的理性は、感性的なものを超え、無媒介に与えられたデータを超え、現象は多 - [人工地球?](https://mit-yamagi.com/人工地球?/) - 第5節 偉大なる成就 どの行為もみな偶然性を縮減しており、そして絶えず偶然性を縮減しようとすることでこそ社会 - [偶然性と必然性](https://mit-yamagi.com/偶然性と必然性/) - 第3節 偶然性と合目的性 必然的なものは普遍的なものである、あるいは普遍的なものを保証するものであるという。 - [構造と作動](https://mit-yamagi.com/構造と作動/) - 第1節 理性の冒険 多数における統一、生成における存在、変化における定常。 無限が有限の内にどのように刻印さ - [行為ならざる行為](https://mit-yamagi.com/行為ならざる行為/) - 訳注 Ⅰ 否定的共同体 「書くとは、ことばを私自身に結びつけるつながりを断ち切ることだ(…)。またそれは言語 - [彼らはそこにおり、もはやそこにはいない](https://mit-yamagi.com/彼らはそこにおり、もはやそこにはいない/) - Ⅱ 恋人たちの共同体 六八年五月 語るということが、語られるものにまさっていたのだ。詩が日常のものとなってい - [欠如の過剰](https://mit-yamagi.com/欠如の過剰/) - I 否定的共同体 共産主義、共同体、といった用語は、歴史が、そして歴史の壮大な誤算が、破産と言うはるかに越え - [モノ ノ アワレ?](https://mit-yamagi.com/モノ ノ アワレ?/) - 私たちの共通の果敢なさ(日本語版のために) ーー少なくとも主要な大都市ではどこでも。おそらくいつにもまして、 - [ありのままの出来](https://mit-yamagi.com/ありのままの出来/) - 6 「われわれ」のなかの「私」と「われわれ」としての「われわれ」とは、歴史的である。なぜならわれわれは、自分た - [歴史の解消](https://mit-yamagi.com/歴史の解消/) - 第五部 有限な歴史 1 共同体は実体でも主体でもなく、プロセスや進歩の目的や到達点でありうる一つの共同存在で - [固有なもの?](https://mit-yamagi.com/固有なもの?/) - 第四部〈共同での存在〉について 存在は共同に存在している。 われわれは、存在論が共同体的なものとしてそのま - [内在に対する抵抗](https://mit-yamagi.com/内在に対する抵抗/) - したがって共同体は、営みの領域に属するものではありえない。それは生み出されるのではなく、有限対の体験として体 - [私の内にいるように、私の外にいる](https://mit-yamagi.com/私の内にいるように、私の外にいる/) - 主体ならざるものが、瞬間的に共同体に面し、そこに向かって身を置く。そして共同体の思考が今度は主体の形而上学の - [脱自的-存在とは?](https://mit-yamagi.com/脱自的-存在とは?/) - 万人に共通なひとつの尺度は つねに存している。しかし それぞれの人間にまた かれ固有のものが授けられている、そ - [堆積の線と逃走の線](https://mit-yamagi.com/堆積の線と逃走の線/) - グローバルな「マルチ」ヴァーシティ 古典的な保守モデルを検討することから始めよう。 続いて、知識は客観的で - [脱親和化](https://mit-yamagi.com/脱親和化/) - 第四章 ポストヒューマン人文学ーー理論を越える生 追求すべき道は、ノスタルジーではなく肯定なのであり、哲学的 - [非 - 生の静寂](https://mit-yamagi.com/非-生の静寂/) - 第三章 非人間的なものーー死を越える生 芸術は必然的に、人間ではないという意味での非人間的なものになる。とい - [非〈一〉性](https://mit-yamagi.com/非〈一〉性/) - 機械への生成変化としてのポスト 横断性によって現勢化される倫理は、関係や相互依存性の優先にもとづいており、非 - [脱同一化](https://mit-yamagi.com/脱同一化/) - 第ニ章 ポスト人間中心主義ーー種を越える生 都市の文明化されたうわべはアイデンティティを束縛し、効率的な社会 - [概念的創造性?](https://mit-yamagi.com/概念的創造性?/) - 第一章 ポスト人文主義ーー自己を越える生 フッサールの観点においては、ヨーロッパとは、批判的理性と自己反省性 - [内在する方法論](https://mit-yamagi.com/内在する方法論/) - 序 わたしたちはつねに人間でありつづけてきた、あるいは、わたしたちは人間でしかない。少しでも確信をもって、誰 - [having and doing](https://mit-yamagi.com/having-and-doing/) - 2 公的選択の三つの次元 他の民族の発展を進めることは、金持ちたちの義務と責任になった。発展はまるで建設計 - [矛盾する純粋?](https://mit-yamagi.com/矛盾する純粋?/) - "純粋ではない"は純粋そのものを規定する。 探求すること…。 追求すること? 「弁証法」とは、矛盾解決というプ - [疑念と痕跡](https://mit-yamagi.com/疑念と痕跡/) - 第10章 半獣神の哲学 構成ーー仮説と名 記憶は一つの非出来事化である。というのも、記憶は命名を一つの意味作 - [見間違えられ、言い間違えられる](https://mit-yamagi.com/見間違えられ、言い間違えられる/) - 第 9 章 存在、実存、思考ーー散文と概念 (b)言うこと・存在・思考 テクストは、「もうどうにも」の可能性を - [観念の通過](https://mit-yamagi.com/観念の通過/) - 第 8 章 映画の偽の運動 映画は、永遠的な過去の芸術であり、それは過去が、通過によって成立するという意味で - [観念の補完](https://mit-yamagi.com/観念の補完/) - 第5章 詩的弁証法ーーラビード・ブン・ラビーアとマラルメ 大きな力とは、内在性という原理を厳密に維持している - [逃げゆく否定](https://mit-yamagi.com/__trashed-2/) - 第 4 章 一つの哲学的使命ーーペソアの同時代人であること 真なるものの永遠性はうんざりする虚構であり、各々 - [つながりを脱すること](https://mit-yamagi.com/つながりを脱すること/) - 第 3 章 フランス哲学者がポーランドの詩人に応答する (a) 晦渋さ 詩は一つの操作である。詩は、世界が諸 - [本当らしくない真理](https://mit-yamagi.com/本当らしくない真理/) - 第 1 章 芸術と哲学 私たちに要請されていることが芸術と哲学を結びつけることであるならば、この結びつきは形 - [多の真理?](https://mit-yamagi.com/多の真理?/) - 第 2 章 詩とは何か、それについて哲学は何を思考するのか? 集合的主観性は、それが「詩的なものにされている」 - [記憶という体験](https://mit-yamagi.com/記憶という体験/) - https://m.youtube.com/watch?v=PDU6B93ltds 物/音をとおして記憶は喚 - [〈欠如〉と〈法〉](https://mit-yamagi.com/〈欠如〉と〈法〉/) - 第四章 ポストヒューマン人文学ーー理論を越える生 人文主義が外側へと爆発することで言説の境界線がずらされ、人間 - [わたしたちの背後](https://mit-yamagi.com/わたしたちの背後/) - 第三章 非人間的なものーー死を越える生 芸術は必然的に、人間ではないという意味での非人間的なものになる。とい - [人間なるもの?](https://mit-yamagi.com/人間なるもの?/) - 第ニ章 ポスト人間中心主義ーー種を越える生 おそらくグローバル資本のモットーは、「我買う、ゆえに我あり!」なの - [民族離散と混交](https://mit-yamagi.com/民族離散と混交/) - 第一章 ポスト人文主義ーー自己を越える生 フッサールの観点においては、ヨーロッパとは、批判的理性と自己反省性 - [汎人間性?](https://mit-yamagi.com/汎人間性?/) - 序 わたしたちはつねに人間でありつづけてきた、あるいは、わたしたちは人間でしかない。少しでも確信をもって、 - [想像の一人歩き?](https://mit-yamagi.com/想像の一人歩き?/) - Ⅶーー類別からプロセスへ そもそも知覚するということ自体、論理階型を踏み上がることなのである。イメージの一つ - [土台をなすものと上乗せされるもの](https://mit-yamagi.com/土台をなすものと上乗せされるもの/) - Ⅵーー大いなるストカスティック・プロセス 「ストカスティック」とはまず、ある面ではランダムな出来事の流れがあ - [一種の梯子のようなもの](https://mit-yamagi.com/一種の梯子のようなもの/) - Ⅴーー重なりとしての関係性 精神の内には、時間もなければ空間もない。"時間" "空間" という観念があるばか - [ちがいを生むちがい](https://mit-yamagi.com/ちがいを生むちがい/) - Ⅳーー精神的過程を見分ける基準 心/身を二元化しない精神の定義は、どんな基準の組み合わせをもってすればよいのか - [退屈な説明?](https://mit-yamagi.com/退屈な説明?/) - Ⅲーー重なりとしての世界 わしが三度言うことは真実だ。ーールイス・キャロル『スナーク狩り』 外界の一部として - [客観性の幻想の上](https://mit-yamagi.com/客観性の幻想の上/) - Ⅰ ーーイントロダクション 鏡の向こう側 (物質的である以上に)精神的で、(独自性よりも)相互の繋がりが卓越 - [情動の再構成](https://mit-yamagi.com/情動の再構成/) - 附論 解釈の不安とレトリックの誕生ーーフランス・ポストモダニズムの北米転換と「ポストトゥルース」 つまり、 - [真理以前の時代?](https://mit-yamagi.com/真理以前の時代?/) - 第七章 ポストトゥルースとの戦い わたしたちはいまや、明白なことを繰り返し言うことがインテリの第一任務となる - [事実の組み合わせ](https://mit-yamagi.com/事実の組み合わせ/) - 第六章 ポストトゥルースを導いたのはポストモダニズムか? ひとたびわたしたちが、絶対的で客観的な真理という考 - [等しい時間](https://mit-yamagi.com/等しい時間/) - 第四章 伝統的メディアの凋落 ジャーナリズムとは、誰かにとって報じられたくないものを報じるものだ。それ以外は - [道具と武器?](https://mit-yamagi.com/道具と武器?/) - 第五章 ソーシャルメディアの台頭とフェイクニュースの問題 当然のことながら、伝統的メディアが凋落した原因の大 - [信念の調和](https://mit-yamagi.com/信念の調和/) - 第三章 認知バイアスのルーツ 人々が未来を予測できるのは、未来が自分の希望と一致するときだけであり、もっとも - [事実と真実](https://mit-yamagi.com/事実と真実/) - 第二章 科学の否定とポストトゥルース 事実が変わったら、わたしは考えを変えます。あなたたらどうしますか?ーー - [従属する事実、それとも感情?](https://mit-yamagi.com/従属する事実、それとも感情?/) - 序 一方が偏っているときに、すべてが等しいと言い張るのは真実の概念への敬意を欠いている。 少なくともアメリ - [引力と斥力](https://mit-yamagi.com/間隙を彷徨う/) - ここにいても、そこにいても、なにかとの関係性を求めざるをえないわたしたち。 人は身勝手に疎外され、そこで内省し - [地を這うものたち](https://mit-yamagi.com/地を這うものたち/) - 第六章 思考の基盤を修復する おそらくいちばん大切な点が、生態学的な理解には時間がかかるということ。注意を充 - [大自然のなかにひとりきり](https://mit-yamagi.com/大自然のなかにひとりきり|おかしな矛盾/) - 第五章 ストレージャーの生態学 とにかく可能性を考えてみることで、自分の現実と同じくらい深い、他人の現実に気 - [奇妙な現実、現象](https://mit-yamagi.com/奇妙な現実、現象/) - 第四章 注意を向ける練習 ホックニーの被写体は認識できても、そこに連続性はない。その意味で、ホックニーがカメ - [ディープ・リスリング](https://mit-yamagi.com/ディープ・リスリング/) - 第一章 「何もない」ということ 私たちは無用の言葉によって、さらには途轍もない量の言葉と映像によって責めさい - [部外者の視点](https://mit-yamagi.com/部外者の視点/) - 第二章 逃げ切り不可能性 「すべてわかっているが行動しない者と、行動するが何もわかっていない者」との区別が登場 - [隠れていること](https://mit-yamagi.com/隠れていること/) - 第三章 拒絶の構造 バートルビーの返答は「言葉のなかからある種の異質な言語をとりだして、全体を沈黙に対峙させ - [集団と個人の枠組みから逃れる?](https://mit-yamagi.com/集団と個人の枠組みから逃れる?/) - 訳者あとがき 真実と善、技術と道徳が絡み合う不確実な世界を、私たちは「疑い」とともに生きていかなけれはばなら - [個人的特性を引きはがすもの](https://mit-yamagi.com/個人的特性を引きはがすもの/) - 第 7 章 表象から提示へ 見ることは存在することーー真理・客観性・判断 認識と倫理のどちらの領域でも、共存 - [親密さとよそよそしさ](https://mit-yamagi.com/親密さとよそよそしさ/) - 第 II 部 関係 4 ハイブリッドな関係性 それまで何気なく用いられる言葉がある「概念」へと転じるのは、従 - [重なりあうパターン](https://mit-yamagi.com/重なりあうパターン/) - 序章 不置を解く 2 モアレと巻込 モアレとは、二つの周期的パターンが重ねられるときに現れるパターンのことを - [そこにあるもの、そこにないもの](https://mit-yamagi.com/そこにあるもの、そこにないもの/) - 第 6 章 訓練された判断 機械的複製の不安 「いつ我慢する必要があるかを知ること、いつ止める必要があるかを - [ストップウォッチとメトロノーム](https://mit-yamagi.com/ストップウォッチとメトロノーム/) - 第 5 章 構造的客観性 図像のない客観性 科学的客観性とは自然をあるがままに見ることではない。それは不可能 - [無意志への意志](https://mit-yamagi.com/無意志への意志/) - 第 4 章 科学的自己 なぜ客観性なのか 客観性と主観性は、凹面と凸面のように切り離せないものであるーーそこ - [「それをみる」以上のことをしない](https://mit-yamagi.com/「それをみる」以上のことをしない/) - 第 3 章 機械的客観性 曇りなく見る すなわち、自然の声が聞こえるように観察者を黙らせようとする、認識上の - [無数の偶然とゆらぎ](https://mit-yamagi.com/無数の偶然とゆらぎ/) - 第 2 章 本性への忠誠 客観性以前 まず真理が先にあったのであって、それは客観性とは区別されてきたのである - [望遠鏡と顕微鏡](https://mit-yamagi.com/望遠鏡と顕微鏡/) - 科学的客観性とは、自己のあらゆる側面から免れたものではないのかーー人格や政治、宗教、国籍などの細部から、ある - [疎外された現世?](https://mit-yamagi.com/疎外された現世?/) - MARVEL神話?に関係する全体主義的、集団防衛的(道徳的)責任は、わたしたち性を誇大化する実存的営為でもあ - [いつかはいずれいつしかとなる?](https://mit-yamagi.com/いつかはいずれいつしかとなる/) - 「欠如にたいする」感受性は、感性的に保ちつつ、持ち続けたら、いつかは己れを蝕む。 はじまりは弱いつらなり、孤立 - [経験のうちにある知られるもの](https://mit-yamagi.com/経験のうちにある知られるもの/) - Ⅷ 絶対知 回顧(二)ーー「啓蒙」と「有用性」の起点 もうひとつの頂点ーー道徳的自己意識をめぐって 対象と - [区別なき区別](https://mit-yamagi.com/区別なき区別/) - Ⅶ 宗教 C 啓示宗教 概念とはじぶん自身が外化するもの、いいかえれば直観された必然性が生成することである。同 - [みずからを聴きとり、他者から聴きとられる](https://mit-yamagi.com/みずからを聴きとり、他者から聴きとられる/) - C 良心 美しきたましい、悪とその赦し 行為するものとしての良心 現実は一箇の存在する「場合」であって、行為 - [現実的なものである消息](https://mit-yamagi.com/現実的なものである消息/) - b 啓蒙の真理 純粋な洞察、純粋な思考、純粋な事物 区別とはつまり味わわれる、見られる等々のことである。 - [純粋な洞察?](https://mit-yamagi.com/純粋な洞察?/) - Ⅱ 啓蒙 a 啓蒙と迷信とのたたかい 洞察の暴力的なたたかい 純粋な洞察と意図はひとえにじぶん自身を否定する - [聞きとられているものとして知ること](https://mit-yamagi.com/聞きとられているものとして知ること/) - 〈私〉がそこに現に存在することとしてのことば 語ることとしての語ることの有する力が、遂行されるべきことを遂行 - [置きいれること](https://mit-yamagi.com/置きいれること/) - Ⅰ じぶんにとって疎遠となった精神の世界 この精神の世界は断裂して、二重の世界と化する。 a 教養とその現実の - [外化](https://mit-yamagi.com/外化/) - c 法状態 「法制度」とストア主義ならびに懐疑主義との関係について 人格の権利は、ことばをかえれば自己意識一 - [ことがらそのもの](https://mit-yamagi.com/ことがらそのもの/) - 仕事における偶然性の契機とその克服 いまや偶然的となるのは、目的を表現するべき手段が選択されるべきである〔と - [疎遠な現実](https://mit-yamagi.com/疎遠な現実/) - a 精神的な動物の国と欺瞞、あるいはことがらそのもの 根源的に規定された自然 個体性が立ちあらわれるのは、そ - [規定されることでなりたつもの](https://mit-yamagi.com/規定されることでなりたつもの/) - b 心情の法則とうぬぼれの狂気 自他の個別性の解消と「世のなりゆき」の成立 ーーおおやけの秩序とは世のなりゆき - [はじめに行為があった?](https://mit-yamagi.com/はじめに行為があった?/) - B 理性的な自己意識がじぶん自身をつうじて現実化されること 私は他者たちとの自由な統一を、他者たちにおいて直 - [種 → 数 → 類](https://mit-yamagi.com/種-→-数-→-類/) - 「内なるもの」と「外なるもの」 「外なるものは内なるものの表現である」 あきらかなのは、普遍的なものは存在 - [反対のものに関係してゆくこと](https://mit-yamagi.com/反対のものに関係してゆくこと/) - A 観察する理性 観察する理性とその運動 意識は観察する。すなわち理性の欲するところは、みずからを存在する対 - [ほかでもなく他であること](https://mit-yamagi.com/ほかでもなく他であること/) - V 理性の確信と真理 理性の立場と「観念論」の成立 自己意識の思考はそれじしん現実である。自己意識はしたがっ - [言明された消失](https://mit-yamagi.com/言明された消失/) - 懐疑主義における弁証法的なもの 思考するとは、しかし、この区別されたものがこのような本性を有しているしだいを - [思考された区別?](https://mit-yamagi.com/思考された区別?/) - A 自己意識の自立性と非自立性支配と隷属 自己意識の確信とその相互性 自己意識はさしあたり単純な自立的存在で - [分離する形態](https://mit-yamagi.com/分離する形態/) - Ⅳ 自己自身であるという確信の真なるありかた 自己自身にかんする確信の成立 対象についての概念は、現実の対象 - [顚倒された世界](https://mit-yamagi.com/顚倒された世界/) - 「第二次の法則」と内的な区別 悟性がかくて経験するところは、現象そのものの法則からして、区別が生成してくるが - [速度の測度](https://mit-yamagi.com/速度の測度/) - さまざまな力と法則 しかし「必然性」なるものは、ここでは空虚なことばなのだ。力はまさにこのように二重化せざる - [直接的で静謐な模像](https://mit-yamagi.com/直接的で静謐な模像/) - 力の概念と「内なるもの」 力の概念は、ふたつの力へと二重化することをつうじて現実的なものとなること、さらには - [普遍的な対象?](https://mit-yamagi.com/普遍的な対象?/) - Ⅱ 知覚、あるいは事物と錯覚 感覚的確信から知覚の真理へ 普遍性が知覚の原理一般であるように、知覚のうちでた - [対象と「いま」](https://mit-yamagi.com/対象と「いま」/) - I 感覚的確信、あるいは「このもの」と「思いなし」 感覚的な確信の豊饒と貧困 むしろことがらは存在する〔だけ - [「ではない」という限りでの「無」](https://mit-yamagi.com/「ではない」という限りでの「無」/) - 意識は自己自身を超越する 意識とはたほう、じぶん自身にとってみずからの概念なのであって、そのことでただちに制 - [自体的に背反するもの](https://mit-yamagi.com/自体的に背反するもの/) - 「健全な人間悟性」とその欺瞞 「おなじことをみずからのうちに見いだし、感受しない者に対しては、自分としてはそ - [概念という形式 ](https://mit-yamagi.com/__trashed/) - 「存在」と「思考」とが一致することの意味 じぶん自身とひとしいありかたは、いっぽう純粋に抽象的なものであって - [媒介と生成](https://mit-yamagi.com/媒介と生成/) - 序文 「概念Begriff」とは、ことがらの全体をその本質にあってとらえるものである。真理が知においてとらえ - [距離化する力](https://mit-yamagi.com/距離化する力/) - 第Ⅲ部階級の趣味と生活様式 政治への発言権 ウィかノンかを考えたり、あらかじめ準備された回答のいずれに印 - [視点なき視点](https://mit-yamagi.com/視点なき視点/) - 訳者あとがき すぐれた著作は、著者から離れた独立の生命をもつ。 主知主義=観念論と経験主義=実在論 一見 - [たまたまそれであるところのもの](https://mit-yamagi.com/たまたまそれであるところのもの/) - Ⅲ 自由 〔対自と対他、相互主観性〕 私は私自身にとっては、特定な企投ではなくて純粋な意識である。 カント - [先在と残存](https://mit-yamagi.com/先在と残存/) - Ⅱ 時間性 〔時間は物にはない〕 主体はやはり時間的であり、それも人間のある偶然的な構造によってではなく、内 - [ヲリヲリヲ](https://mit-yamagi.com/ヲリヲリヲ/) - oriorio / Kenzo onoda and Mitsuhiro yamagiwa 2021.11.03 - [世界のなかに状況づけられている私?](https://mit-yamagi.com/世界のなかに状況づけられている私?/) - 第三部 対自存在と世界における(への)存在 I コギト 〔コギトへの復帰、コギトと知覚〕 私が「私が見ている - [他人の実在?](https://mit-yamagi.com/他人の実在?/) - Ⅳ 他人と人間世界〔自然的時間と歴史的時間との絡みあい〕 基礎づけるというのは、それが、私の現在における不 - [まとまわせる、まなざし](https://mit-yamagi.com/まとまわせる、まなざし/) - B 物もしくは現実的なもの〔知覚の規範としての物、物の実在的統一性、ものは必ずしも対象ではない。すべての与件相 - [追憶にふれる](https://mit-yamagi.com/追憶にふれる/) - Ⅲ 物と自然的風景 A 知覚的恒常性 〔形態と大きさの恒常性〕 われわれは知覚における恒常的な諸要素を研究す - [錯覚と知覚、現われの現実](https://mit-yamagi.com/錯覚と知覚、現われの現実/) - 〔しかし以上に記述された諸空間も自然的空間の上に築かれている〕 カンヴァスが絵の下からすけて見えるように、自 - [ここ - かしこ](https://mit-yamagi.com/ここ-かしこ/) - 〔錯覚は構築ではない。知覚されたものの意味は動機づけられている〕 いわゆる距離を見るということは、つねに若干 - [後続の私](https://mit-yamagi.com/後続の私/) - 〔知覚的総合は時間的である〕 しかし結合作用なしで結合されたものとは何であろうか。また誰かの対象になっていな - [焦点あわせ?](https://mit-yamagi.com/焦点あわせ?/) - 〔諸感官の連絡、諸感官に「先だつ」感覚すること、共感覚〕 性質、つまり分離された感覚性が生ずるのは、私が私の - [同じ一つの作用の二つの面 ](https://mit-yamagi.com/同じ一つの作用の二つの面 /) - 第二部 知覚された世界 〔身体の理論はすでに知覚の理論である〕 対象の統一性は、思惟されるのであって、われわ - [物としての存在?意識としての実存?](https://mit-yamagi.com/物としての存在?意識としての実存?/) - 〔言語と世界とにおける表現の奇蹟〕 つまり話すという意向は開いた経験にしか存しえない。 言語はもはや一つの道具 - [擬似現在](https://mit-yamagi.com/擬似現在、語る=考える/) - Ⅳ 表現としての身体と言葉 〔言語は思惟を予想するのではなく、それを成就する〕 要するにいかなる言語もみずか - [意識 = 身体 → 物](https://mit-yamagi.com/意識=身体→物/) - 〔身体は空間のなかにはない、それは空間に住む〕 身体は空間と時間に住む。 先行する姿勢や運動が、いつでも使 - [身 / 体](https://mit-yamagi.com/身-体/) - 〔「具体的運動」〕 「掴む」こと、もしくは「触れる」ことは、身体に関してすら「示す」こととは別だということを - [右手で左手をさわること](https://mit-yamagi.com/右手で左手をさわること/) - 第一部 身体 Ⅱ 身体の経験と古典的心理学 〔自己の身体の恒常性〕 たえず改まるパースペクティヴは、対象にと - [先取りの経験?](https://mit-yamagi.com/先取りの経験?/) - Ⅳ 現象の領野 〔現象の領野と科学〕 いかなる力も作用していないが故に静止している物体と、あい反する力が釣 - [反 / 省](https://mit-yamagi.com/反-省/) - 〔反省的分析と現象学的反省〕 およそ知覚的意識というものは、すでに感覚の彼岸にあることになるのだから、感覚そ - [みえざるものとみなす?](https://mit-yamagi.com/みえざるものとみなす?/) - 〔経験主義と反省〕 「図」と「地」、「物」と「物に非ざるもの」という関係、ならびに過去という地平は、そこに現 - [知覚の背景](https://mit-yamagi.com/知覚の背景/) - 序文 われわれが現象学の統一性とそのほんとうの意味とを見出すのは、ほかならぬわれわれ自身のうちにおいてであ - [カリスマとカリカチュア](https://mit-yamagi.com/カリスマとカリカチュア/) - 見えるものと見えないもの 自分の身体をいつまでも奇蹟的に優美さを失わないものとして生きることのできる可能性は - [砂と棒](https://mit-yamagi.com/砂と棒/) - 訳者あとがき スティグレールの最初の研究テーマは、プラトンのアナムネーシス(想起)だった。人間の魂は不滅であ - [偶有的な性格、部分対象という代理](https://mit-yamagi.com/偶有的な性格、部分対象という代理/) - 第4章 意識、無意識、無知 *意識、無意識、無知 いずれもscience(知)を含む語。conscienceは - [計量不能な基準と計算可能な現実](https://mit-yamagi.com/計量不能な基準と計算可能な現実/) - 第3章 インダストリアルな時間的対象の時代における意識 ◇ 技術と記憶技術 動作は物の中に保存され、だからそ - [部分を持たない何かと幅のない長さ](https://mit-yamagi.com/部分を持たない何かと幅のない長さ/) - 第2章 記憶としての技術 ◇ プラトン著『メノン』ーーヒュポムネーシスをめぐる思索の出発点 魚は水を、自らの - [ちいさな差異、ちいさな徴候](https://mit-yamagi.com/ちいさな差異、ちいさな徴候/) - いまや文化産業、情報産業は、人間の「意識の時間」を開発=搾取の対象とする。 第Ⅰ章 哲学者と技術 技術 - [姿なきものの現前](https://mit-yamagi.com/姿なきものの現前/) - 二 自己/他者の切り分けを越えて あらゆる社会は、自己が排除するものによって自己を定立する。社会は自己を差異 - [思考の身ぶりと協和](https://mit-yamagi.com/思考の身ぶりと協和/) - 波乱の時 実際、理論の時間というものは、「隷属関係」や依存関係にしたがいつつ、起こりそうにないもの、うまくい - [意識の在りか](https://mit-yamagi.com/意識の在りか/) - 意識の範囲 私たちは対象を意識しないままに様々なものに間断なく反応している。 ところが私が意識しているのは - [現実という制度、引用社会](https://mit-yamagi.com/現実という制度、引用社会/) - 第13章 信じること/信じさせること ある考古学/信仰の移りゆき ひとつの仮説が前提にしているのは、信仰とい - [発話システム|読むこと](https://mit-yamagi.com/発話システム|読むこと/) - 発話行為の放遂 かれらは、自分たちの企てを実現しつつ自分たちを物語っているのだ。できあがっていく歴史は、かれ - [逸脱・分岐と抹消](https://mit-yamagi.com/逸脱・分岐と抹消/) - 語の超越ーー『ビフュール』をめぐって ナンセンスがこの世でもっとも平等に分配されたものなのだ。 ミシェル・ - [過去のことは現在のこと、 現在のことは過去のこと](https://mit-yamagi.com/過去のことは現在のこと-現在のことは過去のこと/) - 第一九節 過去把持と再生の(第一次記憶と第二次記憶ないし想像の)相違 想像とは現前化(再生)の性格をもつ意識 - [観念的限界と現在化](https://mit-yamagi.com/観念的限界と現在化/) - 第一六節 過去把持や想起とは異なる現在化としての知覚 メロディー全体は、最後の音が鳴り終わったとき、初めて過 - [アプリオリな必然性、所与としての知覚、記憶](https://mit-yamagi.com/アプリオリな必然性、所与としての知覚、記憶/) - 第一三節 印象があらゆる過去把持に先立つことの必然性、過去把持の明証 事実、人間の意識はまず知覚を所有して - [継続と持続](https://mit-yamagi.com/継続と持続/) - 第五節 時間性格による諸表象の変遷 人間という表象[=概念]に「今」を加えたとしても、人間[の属性]についてな - [他のものであるため](https://mit-yamagi.com/他のものであるため/) - 説明の性質 ただ一つでいい。何となれば(これもまた説明の性質に矛盾しないためには)一つ以上の要請に依存する説 - [合い間を隔てる、そのもの](https://mit-yamagi.com/合い間を隔てる、そのもの/) - そのものの、意味にあふれた名称は、われわれに対しては、そのものの不在の場合のそれーーいわば、時間におけるそれ - [「について」のパターン](https://mit-yamagi.com/「について」のパターン/) - われわれはわれわれの自我そのものを見ることはできない、われわれはそれで在るより他はない。われわれは現在起 - [機転と機会](https://mit-yamagi.com/機転と機会/) - 戦略と戦術 消費という実践は、消費という名を冠した社会のまぼろしなのである。在りし日の「霊」のように、この実 - ["Black Coal, Thin Ice" and "Burnig"](https://mit-yamagi.com/black-coal-thin-ice-and-burnig/) - 嘘をあばく、裏をかくという攻防からの干渉、接触によって距離そのものが溶解する。一介の表層は、薄氷のごとく脆く - [Spotlight](https://mit-yamagi.com/spotlight/) - 情動的共感が情動的、感情的な働きであるのに対し、哲学者や心理学者が「心の理論」とも呼ぶ認知的共感は、認知的、 - [見とめること?](https://mit-yamagi.com/見とめること/) - Adaptation 生物が食物をとるのも、敵を避けるのも、配偶を求めるのも、みな生きるための必然性がしから - [円は存在しないのだから](https://mit-yamagi.com/円は存在しないのだから/) - 補填 普段、存在は隠れている。存在は現に、われわれの周囲に、またわれわれの内部にある。それはわれわれである - [かつてそうであったように](https://mit-yamagi.com/かつてそうであったように/) - 瞬間は非延長的持続であり、永遠の一瞬である。 瞬間が永続的であるのは、永遠を際限のない持続にするという意味 - [nunc](https://mit-yamagi.com/nunc/) - 不安は、魅了し、幻惑し、最後には過ちへと強いる。 キルケゴールとハイデガー双方の学説は次の点で同じである、 - [二重の相補的な機能](https://mit-yamagi.com/二重の相補的な機能/) - 靴があるのは、靴屋という職業に従事している人々がいるからではなく、足を保護する必要があるからであ - [思索と詩作、試作?](https://mit-yamagi.com/思索と詩作/) - ヘルダーリンはこう言っていた。 われわれーー人間たちーーは一つの対話であると。 対話は同一の現前に関する - [距離というイメージ、与件(データ)](https://mit-yamagi.com/距離というイメージ、与件(データ)/) - リチャード・セラを訳す 私はその観客ではなくて、その一部なのだ。 私の知覚の有限性を可能にすると同時に、いっ - [二重化という間隔](https://mit-yamagi.com/二重化という間隔/) - シュルレアリスムの写真的情景 デリダにとってむろん、間隔化(スペーシング)は、意味の外側の境界、つまり、ある - [after → now ← before](https://mit-yamagi.com/after-→-now-←-before/) - それ以後、いま、それ以前 人間存在の経過が外から調査されるとき、人間存在のあらゆる配慮とそこから派生する諸行 - [小動物とエクリ→](https://mit-yamagi.com/テスト/) - https://ameblo.jp/cn-tomram/ ## 固定ページ - [information](https://mit-yamagi.com/information/) - next | news dr.julius art projects …and going on. 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