mitsuhiro yamagiwa

2022-09-04

脱親和化

テーマ:notebook

第四章 ポストヒューマン人文学ーー理論を越える生

 追求すべき道は、ノスタルジーではなく肯定なのであり、哲学的なメタ言説の理想化ではなく、つつましい実験を会した自己変容という、よりプラグマティックな課題である。

不協和の制度的パターン

 人文主義的な「人間」が衰退したのは、わたしたちが迎えている歴史的局面が変化にさらされているがらゆえのことである。

 嘆かわしくも学問分野の偏狭性という内向的な文化が残されており、ヨーロッパ中心主義や人間中心主義が考えられていない。人文学のこれら制度的な習慣のうちには、実際に認識論的な自己点検につながるものがほとんどないのである。この領域はしばしば、人文主義へと戻ろうとする引力のような免れがたい魅惑にあらがうことができない。

 人文学が必要としているのは、人文主義的な〈人間〉であれ人間中心主義的な〈人間〉であれ、もっばら人間なるものだけに関心を寄せるのではなく、大胆な発想力をもって地球規模の多くの知的課題に取り組むことなのである。

二一世紀の人文学

 気候変動の規模とその諸帰結は、表象を拒むほどに甚大なものである。人文学、とりわけ文化研究は、こうした社会的想像力の欠落を埋めあわせるのに最もふさわしいものであり、わたしたちが思考不可能なものを思考する助けとなる。

 ワン・ヘルスは、人間の健康(人間と動物の絆という現象を介した心の健康も含む)、動物の健康、そして生態系の健康が、切り離せないほどに結びついていることを認識し、あらゆる種の健康と福利を促進・改善・擁護することを追求する。

ポストヒューマン的批判理論

 過去の権威に盲従するかわりにわたしたちが手にするのは、複数の時間域の刹那的な共現前であり、それは、安定した諸々のアイデンティテイを活性化し脱領土化するとともに時間的な線形性を粉砕するような連続体のうちにある。このように時間を力動的に捉えるヴィジョンは、想像力という創造性に富んだ資源の助けを借りて、過去との再接続という課題に取り組むのである。

 創造性は、過酷の経験や記憶や情動ーーそれらは、生成変化をめぐる一元論的哲学においては、現在における活動や実践として再構成されるーーがひとまとまりなった潜勢的な全体性とたえず連結しつづけるのである。批判的思考に対するこのアプローチは、時間を同期させようとする訓練であり、それは潜勢的な強度を具体化ないし現勢化することによって「いまここ」の活動を持続させる。この強度は、わたしたち以前であると同時にわたしたち以後、過去にして未来であり、変異・差異化・生成変化の流れやプロセスのうちにある。これこそが批判的思考の「物質-実在論的」な核心なのである。

 ポストヒューマン的な方法とはつまるところ、いっそう高い次元におけるディシプリンのハイブリッド化のことであり、それが依拠しているのは、制度上の理由によるプロトコルの平板な反復を打ち砕く諸々の出会いを通じて、わたしたちの思考の習慣を強烈に脱親和化することなのである。

人文学の「適切」な主題は「人間」ではない

 本書を通じてわたしは、ポストヒューマン理論がプロセス存在論に依拠していることを論じてきた。プロセス存在論とは、主体性を理性的意識と同一視する伝統的な考えに異議を唱え、その両者を客観性と線形性に還元することに抵抗するものである。

 共現前、つまり、ともに世界内に存在しているという同時性が、人間の他者と非-人間の他者の双方と相互に作用するにあたっての倫理を規定している。このような見解、つまり、わたしたちを連結する関係の絆を非総合的に捉える横断的な理解から、集合的に配分されたひとつの意識がたち現れる。こうして関係性が、そして複雑性という考えかたが、ポストヒューマン的な主体をめぐる倫理や、その認識的な構造と戦略の中心に位置づけられるのである。

 思考することは、諸々の関係の様式へと入り込む能力の概念的な対応物である。それは、影響を及ぼすとともに影響を被り、そうすることで質的な転換と創造的な緊張関係を持続させる能力のことであり、芸術の特質でもある。だからこそ、批判理論が主要な役割を果たすのである。

 ドゥルーズの要求とは、「わたしたちは、これこれの判断をおこなうことや、しかじかの関係を打ちたてることを許容しているものについて説明を与えなければならない」ということなのである。

 ポストヒューマン的批判理論が訴えるのは、人間の他者と非-人間の他者との関係にもとづく、ポスト-アイデンティティ主義の非単一的かつ横断的な主体性なのである。

 わたしの論点は、人文学が、ポストヒューマン的状況によって与えられた多様な機会に応じなければならないというものである。人文学は、人間なるものに伝統的ないし制度的に割り当てられてきたものやその人文主義的な派生物から脱して、みずからの探究の対象を設定することができる。

『ポストヒューマン―新しい文学に向けて』ロージ・ブライドッティ/著、門林岳史/監、大貫菜穂、篠木涼、唄邦弘、福田安佐子、増田展大、松谷容作/共訳より抜粋し流用。