図像における「定型」としての身振りは、時代と地域を越えた比較法によってはじめて発見される、言語の「祖語」にも似た何かである。美術研究に生物学的な基礎を求めていたヴァールブルクは、ダーウィンの『人間および動物の感情表現』を手がかりに、人間と動物に共通する身振りの論理さえ想定していた。ただし、いわば「祖型 アルケー」としての情念定型は、たんにクロノロジカルに古いのではなく、人間の情念や感情とその身体表現に深く関わるがゆえに、じつはもろもろの人体描写のなかに現時点でも作動している諸要因と結びついている。
通時態と共時態、原型と現象、一回性と反復性、一と多のいずれとも決めがたい、このような「祖型」を表わすためにこそ、パネル上で複数の図像が併置され、さらに複数のパネル同士がネットワークをなして関係し合うことでいわば時間を空間化する、『ムネモシュネ・アトラス』の建築的構造が必要とされたのである。
遊びの材料となっているのはじつは、「対象的事物やそれの基体をなす構造的総体のうちに時間的形態のもとで含まれている「かけら性」」である。
「ミニチュア化とは、歴史の暗号のことなのだ」。
最高度の感情に襲われた状態は、それを最高度の強度で記憶に刻み込むような身振り言語で表現され、その成果が「エングラム」として集団的に伝えられてゆく。情念定型とは、この草稿Bでヴァールブルクが言う、手本としての「輪郭」である。身振り言語の「最大値」つまり「最上級」が、この輪郭の借用によって実現される。
彼はまず、自己と外界とのあいだに距離を設定する営みを文明の基礎をなす行為と定義する。それによって生まれる心理的な「中間空間(Zwischenraum)」が芸術的造形の基層をなし、こうした距離意識が「方位確認」のための機能として、社会的に共有され受け継がれてゆく。ここで言う「方位・位置確認(Orientierung)」とは、ヴァールブルクがおそらくカントにおける用法(「思考の方向を定めるとは何を意味するか」一七八六年)をもとに用いた概念であり、空間と時間(歴史)の内部における自己の定位を意味する。
イメージと記号の両極の狭間で揺れ動く人間、とくに芸術家に対して、記憶は、それが個人的なものであれ集団的なものであれ、「思考のための空間」、すなわち方位・位置確認のための「中間空間」を与えてくれる、とヴァールブルクは言う。
ヴァールブルクによれば、象徴が位置するのは、このような「あれかこれか」という選択の次元ではなく、むしろこの両者が同時に共存する両極性の状態にほかならない。象徴としてのイメージはたんなる記号ではなく生命を保っているが、そうしたイメージと人間とのあいだには「隠喩的距離」が存在している。それを可能にするのが象徴的イメージの両極性である。
ヴァールブルクは原始的な暴力の或る種の「カタルシス」をスポーツに認めていた。
◆そもそもヴァールブルクによって発見された「情念定型」とは、激しい感情の表出としての「身振り」が定型化し図式化することを通じて、その感情の強度を保ったまま、さまざまなーー、ときには逆転したーー意味内容の表現に転用されうるという現象にこそ関わっていた。この「定型」は形態上のヴァリエーションを含むとともに、意味作用ないし情動喚起作用の変異可能性をも潜在させているのである。さらにそれは、勝者/敗者、上昇/下降といった両性に対応するさまさまな情念定型と相互作用し、ときには融合して変容してゆく。
◆シミュラクルがファンタスムの拘束力を効果的に模するのは、ステレオタイプ化した図式を誇張してみせることによってのみである。ステレオタイプをことさら大袈裟になぞりそれを強調してみせること、それは、ステレオタイプがその写しをなしているところの妄執をくっきり際立たせることなのだ。
◆「カフカの全作品は身振りの法典である」と指摘し、「これらの身振りは、作者にとって初めから確かな象徴的意味をもっているわけでは全然なく、むしろ繰り返しちがった連関と試行的配置において、そのような意味を与えるよう要請されるものなのである」と続けるとき、ヴァールブルクが感情表現の強度は保ったまま意味を逆転させることもある身振り言語としてとらえた情念定型に通じるものを、ベンヤミンはカフカの作品のなかに見出していたように思われる。周知のように、それらの作品における多くの身振りはじつは、猿や犬やもぐらといった動物たちの身振りにほかならない。
パノフスキーやゴンブリッチが行なったことは、美術史を支えるエピステーメーのモデルを脱構築し不安と動揺に陥れずにはおかないヴァールブルクという幽霊の「悪魔祓い」、ないしその遺産の「検閲」だった、ということになる。
◆ヴァールブルクにとって、芸術はたんなる趣味ではなく生の問題であり、歴史は生の葛藤の問題だった。イメージの「残存」とは「死後の生」である。こうした観念の根はブルクハルトにある。
◆歴史的時間はむしろ半可塑的なものであり、十分な可塑性を欠いている部分では、生成という「地震」によって歴史的持続が断層を生じる。生成の可塑性によって、歴史には断層線が刻み込まれ、一方、認識論的次元においては、歴史の言説にアナクロニスムという断層が生み出されるのである。
◆ニーチェの永劫回帰とは、ジル・ドゥルーズやピエール・クロソウスキーが指摘したように、自己同一的なものへの回帰ではなく、差異を生成させる反復であり、言い換えれば、差異における類似の回帰である。そして、ヴァールブルクにとってイメージは、残存において回帰するこうした差異を孕んだ類似の特権的な場だった。「古代の残存」とは「古代との類似の永劫回帰」である。残存はイメージのなかに類似として回帰する。ヴァールブルクの探究とは、ニーチェが文献学・語源学を通じて行なったものに似た、類似の系譜学だったのである。
ディディ=ユベルマンは、フーコーのように歴史の不連続性のみに注目することは適切ではない、と言う。◆歴史に「病」の「症状」という視点を導入したニーチェの系譜学は或る種の「症候学」をかたちづくっており、その症状においては、突発(不連続性)と反復(記憶)がはるかに複雑に関係し合っているからである。この関係性は弁証法的に思考されることを求める。
◆「症状」とは、時間の錯綜としての、歴史の断層線である。
◆ディディ=ユベルマンは情念定型を「残存する時間の身体的形態」と簡潔に定義している。力動図同様、この概念にもまた、情念の力と定型という、矛盾し合うかのように見える二つの要素がモンタージュされている。それが意味するのは、情念と定型、内容と形式との分かちがたいもつれ合いである。人間身体の運動は定型へと化石化した状態で残存する。この「運動の化石」は、古代の石棺の浮き彫りがルネサンス人たちに特定の身振りを強いたように、テクロノロジー的な時間を攪乱して現在の身振りの運動にじかに力を及ぼす「運動する化石」でもある。
◆力動図や情念定数とは、歴史における心的なものが視覚的形態のなかに残した痕跡である。その由来と機能を解明するためにウァールブルクは、民族学や心理学、ひいてはダーウィンの『人間および動物の感情表現』をはじめとする生物学の支えを必要とした。ディディ=ユベルマンは情念定型の概念とダーウィンの感情表現論(その「刻印」「移動」「相反」といった原理)との紐帯を綿密に検証している。とりわけ重要なのは、無意識的記億が表現運動を当初それが結びついていた必要性から解き放つプロセスである。これによって一定の身振り表現は、異なる意味ーーときには逆転した意味ーーを表わすために操作可能な「定型」に変形される。◆情念定型は、かたちを通して情動の喚起を強化する一方で、意味作用における転倒や矛盾に対する無感覚をともなうのである。古代異教のマイナスの身振りが受胎告知の天使のそれに転用可能であるのもそのためである。
◆情念定型は人体を襲う情念の化石化した痕跡であるとともに、情念の運動を伝達する媒体である。したがって、この定型は一種のコレオグラフィーであるとも言える。ここにもニーチェ的なモチーフが垣間見える。
◆ディディ=ユベルマンは症状を、刻印と運動、潜伏と発症、可塑的過程と非可型的過程、忘却と想起、反復と突発といった両極性の緊張状態からなる「構造的律動の力学」と定義する。その時間モデルの特徴は多重的なリズムである。
◆ヴァールブルクの情念定型という症状は、様式史的な規則性を破砕し、重層決定にゆだねられている。前者が症状の差異を特権的シニフィアンであるヒステリー患者の身体のもとで支配しようとするのに対して、後者の情念定型は絶えず浮遊するシニフィアンとして、差異を生成する不安定な錯綜状態をつねに維持するのである。
◆情念定型に歴史的持続をもたらす残存の力とは、症状を維持するこの拮抗し合う両極的な力である。つまり、そのなかで両極的な要素の葛藤に妥協がもたらされているからこそ、情念定型は執拗に残存する。
◆歴史における真に重要な問題が影響力をもった忘却とその無意識的記憶であるならば、書かれるべき歴史とは、抑圧と抑圧されたものの回帰の時間性における、症状の歴史だからである。重く受けとめるべき指摘だろう。
◆フロイトは無意識を「無時間的(zeitlos)」と特徴づけた。ディディ=ユベルマン はこの「無時間性」を、時間の流れそれ自体の弁証法的状況である豊饒な否定性ととらえている。それは時間の欠落状態ではなく、時系列的な時間とは異なるリズムによって流れ、渦をなして不意に方向を転じる、豊かな複雑性をもった時間の帯域である。フロイトはこのような性格を「抑圧されたものの時間的な不変性」と呼んだ。不変性は不動性ではなく、或るリズムをもつ。そのリズムがメタ心理学的な意味における「反復」である。ディディ゠ユベルマンは大胆にも、フロイト的な反復強迫と欲動の運命の関係と、ヴァールブルク的な残存とイメージの運命の関係とを等置している。
同様の一致は、症状の歴史に作用する「トラウマ」の記憶に対してフロイトの「事後性(Nachträglichkeit)」の概念がもつ関係と、イメージの歴史に作用する「源泉」の記憶に対してヴァールブルクの「残存」の概念がもつ関係にも見出されている。抑圧された回想が事後的にのみトラウマと化すように、古典古代のニンフの身振りが症状としての情念定型と化すのも、あくまで事後的に、イタリア・ルネサンスにおいてである。ヴァールブルクが問題としたのは、古層的な時代に純粋な状態で存在する起源的な原型ではなく、こうした反復における差異であった。◆古層の純粋性という観念そのものが事後的な産物である。フィレンツェにおける十五世紀の美術を残存の観点から研究するという営みは、このようにそれを事後性においてとらえること、そして、その事後性の論理を解明することだったのである。
◆感情移入はヴァールブルクにとって、象徴の礎になる心的現象であると同時に、自己同一性を脅かしかねない作用でもあったからである。
◆イメージにしろ、言葉にしろ、われわれはその配置ーーあるいはその間隔ーーこそを読むべく強いられる。
「非知によって織りなされた知」という逆説的な知なのである。そのような知とは、それ自体がニーチェ的な悲劇であろう。
リズムが「間」なしにはありえないように、リズミカルな構造をもつ『ムネモシュネ・アトラス』にも「間に相当するイメージの間隔が存在する。この「間」を機能させるものが、下地となる黒いスクリーンである。ディディ=ユベルマンはモンタージュの骨格をこの間隔に見出している。
間隔こそが細部をなすことが鮮やかに示されている。
◆時間を不連続にする亀裂、言葉とイメージのあいだの隔たり、そしてイメージ内部の両極性といったもののすべてがひとつの間隔である以上、ヴァールブルクのあらゆる思考はいわば間隔の問題なのだ、とディティ=ユベルマンは大胆に総括する。◆ヴァールブルク自身は「間隔(=中間空間)のイコノロジー(Ikonologie des Zwischenraums)」を、イメージによる原因の想定と科学的な記号による原因説明とのはざまを揺れ動く精神の振動に関する心理学的な分析、と定義していた。
◆狂気と理性、非知と知、妄想と科学の硬直した二元論ではなく、その両極間を揺れ動く魂の微細さこそがこの明晰さの条件であろう。
◆自然科学研究における視覚的イメージは、ディディ゠ユベルマンの言葉を借りれば、叡智的なものと感覚的なものの境界に関わり、科学の知にとって外在的とも内在的とも言える逆説的な対象である。
◆ディディ=ユベルマンはこの両義性「概観」と「看過」の両義性ーーのうちに、『ムネモシュネ・アトラス』に向けられたまなざしが経験する、さまざまな要素が視界のもとにとらえられると同時に、黒い背景のなかに沈み込み、視界から逃れるという、相矛盾する二面的な現象に応じた性格を認めている。この二面性、イメージのこの同時的な二重の運動こそがおそらくは、◉ディディ=ユベルマンが「『ムネモシュネ・アトラス』は呼吸しているのである」と述べている事態にほかならない。
◆イメージは何ものかの象徴として或る力を担うがゆえに魅惑的なのだが、その力に過度に接することは生命の危険をともなうために避けられるのである。ヴァールブルクにおける「イメージの病理」はここに根ざしている。
◆図像と図像の出会いから発するものが、地震計としての歴史家が感知する「記憶の波動」である。その震動の強弱や質の違いがパネル上の配置関係の変化を通じ、歴史家の身体によって探られ、可視化・可感化されるのである。
◆「歴史の逆撫で」はその歴史を歴史素のパラタクシスへと局所的に解体する。歴史がそのようにメタ世界的な徴候=索引としての歴史素の分散的配置へとパラタクシス化させられるからこそ、そこには情動ーーそれはときに深刻な不安でもありうるーーをともなった多感覚・共感覚状態が生まれるのである。
◆無気味さ、不安、恐怖は、身体を敏感にする。精神病の発症にまでいたったその過敏さが、ヴァールブルクによる歴史のーー冥界に似たーー深層の発見を可能にしていた。
解題
◆いずれにしても重要なのは「対立物の一致」「対立なき区別」「分離なき区別」だからである。そこに「アナロジー」の作用がある。
◆哲学的思考とは彼にとって、そもそも群島[多島海]的なのであり、それらの島々を一望のもとに収めるのではなく、複数の島を行き来する船人の視線こそが求められるのである。
跋
◆待ち望まれた[desiteats desterts ]「星々のない」というラテン語は、黒という色を好む人間を見事に言い表わしている。星々ですら漆黒の夜のなかに消えゆく。
星なき夜とは子宮の夜である。
ーーパスカル・キニャール『いにしえの光』
『歴史の地震計 アビ・ヴァールブルク「ムネモシュネ・アトラス」論』田中純/著より抜粋し引用。