
https://www.nact.jp/exhibition_special/2026/ybabeyond
1
・ダミアン・ハースト 《後天的な回避不能》1991
その存在の本質ゆえ避けることのできないサイクルの中でしか生きられないことを暗示しています。

・ディヴィッド・シュルグリー 《レジャー・センター》1992
「自分たちが『公共の存在』だと感じている時間の割合」
自由の象徴でありながら人間に依存して生きる都市の鳩たちはどこか哀愁を放っており、常に見られながら生活する様子は都市で暮らす人間の姿と重なります。





3
・シール・フロイヤー 《モノクロームのレシート》 1999
指示書のもと、発行されたレシート
〈展覧会メモ〉
・ディノス・チャップマン、ジェイク・チャップマン 《戦争の惨禍》1993
マスメディアの発展により戦争を遠くから「俯瞰する」現代人のグロテスクな無関心さとも共鳴します。
・ブラック・オーディオ・フイルム・コレクティヴ バーミンガム 《ハンズワースの歌》1986
“失業は背景に過ぎない”
物語の亡霊
「言葉は役に立たない」
マイケル・ランディ 《アプロプリエーション2》1990
商品を置かないことで消費社会の空虚さを示した。
実際の市場から素材を流用したインスタレーション
・サイモン・パターソン 《おおぐま座》1992
「人々が当然のこととして受けとめているものを破壊する」
・ジュリアン・オピー 《車?》1998-99
「個性を示す情報とは何か」を私たちに問いかけています。
作者であるオピーの経験は抽象化され、その結果、見る者に自由に作品の世界を想像するように促します。
・リサ・ミルロイ 《フィンズベリー・スクエア》1995
普段はそこにいるはずな人々や植物などの生命の存在が完全に排除され、冷たく不気味な印象を与えます。
資本主義の合理的価値観の中で排除されていく存在。