mitsuhiro yamagiwa

https://matsumoto-artmuse.jp/exhibition/special/47414

序章 神秘の源泉

Introduction: From Local Sources —

A Nordic Art Takes Form

19世紀、それまで大陸諸国の芸術動向に追従していた北欧の画家たちは、ナショナリズムの高まりを背景に独自の芸術を模索する中で、北欧の自然や神話、民間伝承などを視覚芸術に登場させるようになる。この故郷特有のモチーフの視覚化は、その共感性の高さから広く人々に自国のイメージを伝える役割も果たした。

 また、19世紀初頭、ロマン主義の思潮が交わり母国の原風景がドラマティックな素材として描かれるようになると、歴史と自然が一体となった自国の壮大な地形を誇示したいという、権力者の意図が内包された風景画が誕生した。

 その後、急速な近代化により社会の環境は大きく変化する。19世紀後半、画家たちは写実性を重んじるようになり、風景画に込められた政治的意図は薄れていった。しかしながら、彼らは暗く厳しい自然や気候を有する北欧において重要な意味を持つ、神秘主義や民間伝承を捨てることもなかったのである。

1章 自然の力

Chapter 1 : The Power of Nature

19世紀末、ヨーロッパで象徴主義が台頭すると、北欧の芸術家たちもこの新しい思想を速やかに取り入れた。象徴主義は、工業化社会とそれに伴う都市化に対する反動であり、こうした社会の発展は、一部の人々の間に自然と調和した原始的な暮らしへの渇望をもたらした。そのような「自然回帰」の理想は、当時高まっていた自国らしさを表現する題材を見出そうとする意欲と上手く調和し、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーの画家たちに支持されることになる。本展で紹介する多くの芸術家にとって、自然は最も重要なインスピレーションの源であった。

 この時代、自然は人々の生活の場、四季のうつろい一特に冬景色、神話や伝説の舞台など、様々なレベルで題材として取り上げられた。しかし、象徴の領域において題材は単に場所を表す風景の「肖像」ではない。旧世代の画家たちが自然の客観的な美しさを再現しようと努めたのに対し、象徴主義の世代はそれ以前の世代とは異なり、個人の体験に基づく感情を芸術で再現しようとしたのである。 

《踊る妖精たち》

Dancing Fairies

アウグスト・マルムストウルム

(1829[スウェーデン生]1901[スウェーデン没])

August Malmström

(1829 [Sweden]-1901 [Sweden])

1866年 油彩・カンヴァス

スウェーデン国立美術館

1866, Oil on canvas

Nationalmuseum – Sweden’s museum of art and design

19世紀、近代ナショナリズムのなかで、北欧では神話や中世のサガ*、民間(仰に由来する題材にも関心が高まった。

当時は絵画の格式の問題で、本作が人物画か風景画か明確でないことを疑問視する批評家もいたという。

*サガとはく語られたもの>を意味し、主に12~14世紀のアイスランドで成立した散文文学の総称。

エドヴァルド・ムンク

Edvard Munch

1863~1944

徐々に自然主義から離れ、内面世界を深く追究する象徴主義へと向かった。愛、不安、生と死といった根源的なテーマを軸に表現主義の牽引者となる。

《河岸》

Riverside

Pekka Halonen

(1865 -1933)

1897年 油彩・カンヴァス

フィンランド国立アテネウム美術館

1897, Oil on canvas

Finnish National Gallery, Ateneum Art Museum

水の表面には、その深淵に潜んでいる集団の記憶と経験に満たされているのである。

2章 魔力の宿る森

北欧美術における英雄と妖精

Chapter 2: The Magical Forest – Heroes and Faries in Nordic Art

19世紀末になると、北欧の芸術家たちは自らの文化遺産を新たなまなざしで見つめ直し、強い関心を示すようになった。例えば北欧神話やフィンランドの『カレワラ」などの民族神話文学や民族叙事詩などが、文化的な表現の重要な手段となり、この時代の芸術にインスピレーションを与えた。

 北欧の芸術家たちにとって、森はイマジネーションをかき立てる場所であり、それは広大な風景画や神話・おとぎ話の舞台として描かれてきた。森は、通常、人々が立ち入らない場所であり、不思議な出来事が起こり、奇妙な人々が住んでいる可能性のある場所でもあり、怪物や魔女、妖精の住む場所と考えられてきたのである。

民間伝承にインスピレーションを得た芸術作品は、北欧の芸術における、自己の内省や神秘的な場面、神話的な過去という主題として位置づけられた。そうした作品は、堕落や退廃をもたらすと見なされてきた近代的、物質主義的な世界からの解放へと導くものでもあった。神話とファンタジーの世界は、個人の芸術的自由と精神の再生の象徴にもなったのである。

3章 都市 

現実世界を描く

Chapter 3 : The City – Reality into Art

19世紀の北欧では、産業革命によって科学技術が発展し、都市開発が著しく進んだ。美術界においては、一部の画家たちが芸術の都パリで研鑽を積み、同地の画壇を席巻していたレアリスムや、それにつづく印象主義が、北欧美術に少なからぬ影響を与えた。これらの美術動向に感化された画家たちにとって、都市の人々や風景は格好の絵画主題となり、例えばアンスへルム・シュルツバリは都市開発のための工事現場を、理想化することなく克明に描き出している。

1890年代に入ると、祖国の風土や文化を重んじるナショナル・ロマンティシズムの高揚も相まって、薄明の時間帯を捉え静謐な都市景観画が盛んに描かれるようになった。エウシェン王子やエウシェン・ヤンソンの作品では、ほのかな光に照らされたストックホルムの街並みが、荘厳かつ神秘的な様相を呈している。これらの作品は「神秘的な北欧」というイメージを体現するものであるが、その後、近代化の進展とともに北欧の国々における神秘性は徐々に影を潜めていった。