
戦後80年 戦争と子どもたち 板橋区立美術館
2025. 11. 8 – 2026. 1. 12
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001926/4001931.html
今から約80年前、日本の美術家たちは、戦中・戦後を生きる子どもたちをどのように表現していたのでしょうか。また、当時の子どもたちは、どのような美術に触れていたのでしょうか。「戦後80年戦争と子どもたち」展では、日中戦争が開戦した1937(昭和12)年から、戦後の占領期にあたる1949年までの間に制作された、子どもたちの姿を表現した作品に焦点を当てて紹介します。
戦時下の美術といえば、「作戦記録画」に象徴される勇ましい戦いの場面を描いた作品が大々的に展示され、今でも広く知られています。そのような作品の中には、本展が対象とする幼児期から少年少女期の子どもたちの姿は描かれていません。しかし、戦意高揚を目的とした展覧会や公募団体展などの出品作をつぶさに見ていくと、そこにも子どもたちの姿を表した作品が存在し、さまざまな様態で描かれていることに気づかされます。
戦争の影響は、美術家たちが表現した子どもたちの姿にも明確に表れています。子どもと聞いて誰もが思い浮かべるような、愛らしい表情や仕草で遊び、のびのびと育つ姿は、戦中・戦後を問わず確認できます。一方で、1938年に国家総動員法が発令され、生活や経済が国によって統制されるようになり、41年に国民学校令が改正されて学童が「少国民」と呼ばれるようになった頃からは、子どもたちの服装や表情、仕草も画一的で重々しいものへと変化していきました。玩具までもが戦時色の強いものとなり、絵画作品には慰問袋の準備や食糧増産への協力など、子どもたちが「少国民」として模範的な行動をする様子が描かれています。それだけでなく、うつむき加減で緊張した面持ちの子どもたちなど、戦争による先の見えない不安を反映させた作品も発表されるようになりました。
1942年以降、本土空襲が本格化し、45年3月には沖縄で地上戦が、8月には広島と長崎に原爆が投下されるなど、子どもたちを含む多くの市民の命が失われました。1945年8月、日本が降伏し、GHQによる実質的な占領下に置かれた後も、家族や住まいを失い、飢えや病に苦しむ子どもたちが大勢いました。美術家たちは、美術界の再建に奔走しながら、戦後復興期をたくましく生きる子どもたちの姿を表現していきました。
本展では、戦時下から終戦直後にかけての子どもたちを表現した作品を五つの章に分けて紹介します。
さらに子どもたちに向けて制作された絵本・教科書・紙芝居や、戦時中に子どもたちが描いた作品も併せて取り上げます。これらの「子どもをめぐる美術」を時代背景と重ね合わせながら読み解くことで、美術家たちが子どもたちの姿をどのように捉え、作品に反映させていたのかを検証していきます。
>> 子どもたちの「子どもらしさ」に限らず、女らしさ、男らしさという従来の分別や節度でさえ戦争は奪って壊したのだろう。
最寄りが都営三田線の終点、平常運転の都心の喧騒から逃れ、わざわざ郊外に集められた絵画群は、人種差別の横行、境界なき人間の人間らしさでさえ見失わせるのだと危機感を募らせる、そんな展示構成だった。
<展覧会メモ>
第一章 童心の表象
子どもたちは、たくましく、未来への希望を担う存在
1940年 国民体力法が制定
画家たちは次世代を担う子どもたちの童心を尊重
川上澄生
着せ替え人形
1943
林鶴雄
路上に画く
1940
第2章 不安の表象
美術家たちは、時に戦争による閉塞感や不安な気持ちを、子どもたちの姿に投影して作品を制作しました。うつむき加減で悲しげな表情を浮かべる子どもや、顔の描かれていない子どもたちの姿は、作品を観る者にも不安や緊張感を抱かせます。
矢崎博信
子ども達
1938
香月康男
水鏡
1942
榑松正利
話
1942
中尾彰
子供
制作年不詳
吉原治良
防空演習
1945-45年頃
川村吾蔵
大東亜
1942
第3章 理念の表象
口を真一文字
「外地」
描かれた子どもたちは、こちらに視線を向けることなく、それぞれの思いを内に秘めているように見えます。
中尾彰
勤労奉仕
1944
暗い時代ならではの偽善とも見られるかもしれないが、この童画画家にとっては平常運転だった。
服部喜三
燈火管制
1943
新海覚雄
貯蓄報国
1943
宮本三郎
マライの娘
1943
第4章 明日の表象
子どもたちを一人の人間として描き、同時に子どもたちの作品から生み出される自由な発想を尊重しました。
吉井忠
少女像
1942
変わらず平常運転だった長谷川町子
児童の個性や想像力に基づく教育 山本鼎
第5章 再建の表象
1945年から15年にも及んだ戦争が終結
子どもたちの「子どもらしさ」
大塚睦
孤児
1946
散見される散漫 »